Wさんとの再会

昨晩はさすがに疲れていたようで、朝9時過ぎに目が覚めた。
ウインカーのバルブが切れていて、プラスドライバーを持参していなかったので、検索したバイク屋へ向かう。
1000円程度で直してくれたが、バルブ自体は2~300円で売っているのを知っていたので、少し惜しい気がした。

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もう昼食の時間になるので宇都宮餃子を食べに行く。
正嗣で食べた餃子はほとんど肉を感じず、生姜の味が強かった。
次々持ち帰りの客も来ていたが、安いのは安いが、こんなもんかなぁなどと思っていた。


地図を見ていると去年お世話になったWさん宅が比較的近くにあることに気がついたので、挨拶に向かうことにした。
するとバイクを降りる前に、玄関先に出てきてくださったWさんは「入るか?」とお茶をご馳走になって近況報告をした。
「これからどうするの?」と聞かれたので、スーパー銭湯に行って明日宇都宮で待ち合わせがあるので市内で泊まるつもりです、と答えると「泊まるか?」と言ってくださり、あっという間に布団も敷いてくださった。
申し訳なく思ったが、宇都宮は都内から日帰りできる位置のせいか、意外とビジネスホテルなどが少なく当日予約は難しかったので大変ありがたかった。
ところでWさんが言うには宇都宮餃子は正嗣ではなく、近くの幸楽という店が最近のナンバーワンとのこと。
惜しいことをした・・。

夕方奥さんが帰ってくると、私の好きなトンカツと豚汁をご馳走してくださった。

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今回は群馬でうどんを食べようと思っていると告げると、「あそこも行け、ここも行け。ここに行くならこの道を通るよな。」と去年泊めていただいたときと同じように二人とも私のルートを一緒になって考えてくれた。
心のそこから旅が好きなんだろう。
Wさんと私の父の若い頃の写真などを見て盛り上がった。



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# by aroundjapan | 2017-12-24 01:00 | 2017 バイク旅 | Comments(0)  

長距離ライダーの憂鬱

今朝もネットカフェにて目を覚ます。
ネットカフェで寝ると、毎回なぜか明け方寒くなって5時半ごろ目が覚めてしまう。
今回はじめての12時間パック利用でゆったり出動。

まずは山形文翔館へ。
旧県庁舎の建物は大正初期の洋風建築。
内部は豪華な室の見学だけでなく、郷土館としての側面もあるため山形県について広く学ぶことが出来る。
入館は無料だが、隅々まで見ると半日はかかりそうな充実の内容だった。

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かつての講堂。貴族院議員の選挙や警察署長会議が行われたそう。
シャンデリヤ・カーテン生地・調度品や絨毯どれをとっても実に豪華!
特に漆喰壁の花模様は細かく、月桂樹に紅花やサクランボも。こだわりを感じる。
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現在は数キロ離れた山手のほうに新庁舎は移転しているが、昭和50年まで副知事室として使用されていた貴賓室の椅子が気に入った。
ソファもお揃いの布地である。
さらに画像には映っていないが、椅子の前脚だけ細工が施されていた。
テーブルの奥にある間仕切り用ついたてに至っては、上部がステンドグラスで出来ていた。
そんな所見るか?というような所まで装飾が入っている。
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今から約140年前に鶴岡県・山形県前・置賜県の三県が合併し、山形県になったときに県令(明治初期の知事の呼び名)となった三島は鹿児島県出身者だそう。
彼は陸運を重視し、道路や鉄道の整備に力を入れたらしい。
やはり幕末の名残で、学問を持ったものは一部の藩に偏っていたんだろうな。

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最上川流域で一大産物となった紅花の染物。
紅花から連想するものは油だったが、染料としてはかなり綺麗な色を出している。
イメージが覆った。
明治期には中国からの輸入品で大打撃を受けたそうだが、戦後に地域文化継承として復興したそうだ。
流通が進み、海外生産力のコスト低の影響で消費者は海外から安く手に入れることが出来るようになった一方、国内産業が衰退する。
こういったものは各地で見られるようだ。

山形と言えば花笠まつり。
まつりに欠かせない花笠についている花も紅花、当然山形の県花も紅花である。
これからも誇りを持って紅花の生産を続けてほしいなと思った。

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建物はイギリスルネサンス様式、設計は日本近代建築の父であるジョサイア・コンドルの内弟子・田原新之助が担当したものだそう。
足早ではあったが、見学が出来てよかった。
なお、映画「るろうに剣心」のロケ地としても使用されているそうなので、作品を好きな方は文翔館をきっかけに山形のことをより深く知って頂けたらいい。


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続いて商店街を歩く。
聞いてはいたが、駅前にいたるまでの旧市街通りは寂しい雰囲気。
なぜ山形で紙なんだろう。
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来年閉館してしまうというデパート、十字屋を見ることにする。
かつて十字屋は全国に8店舗あったそうだが、いまだに営業しているのは山形のみ。
デパートと言うよりは百貨店という言葉が似合う。
福岡にも15年ほど前まではこういった趣きある百貨店があったが、今は全館立て替えや改修され、かつての風情を残すところは少なくなっている。
山形にて2017年まで生きていたその空気を味わいに入館。
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といってもすることがないので、最上階のレストランその名もファミリー食堂へ。
昼食は人と約束しているのでソフトクリームだけを食べた。
主に窓際の席に集中して客が何組かいた。
節電のためか天井の照明は点いておらず、明るい場所は窓際しかなかったのだ。
入口のほうを見渡すと常駐するはずの店員もおらずガランとしており、薄暗い店内には物悲しい空気が漂っていた。
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エスカレーターの三角表示板やステッカーが実に懐かしい。
私にも見覚えがあるので、おそらく全国統一規格だったのだろう。

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山形駅前まで来てみたが、新幹線駅にも関わらずこちらもがらんとしている。
このあと山形市について人に聞いたり調べたりしたが、山形市から仙台市へは一時間程度で行くことが出来るそう。
そのため仙台への一極集中が加速し、休日の買い物どころか、通勤・通学(つまり勤務先や学校)も全て仙台という人が多くなっているらしい。
現に、市内を走るバスよりも、その何倍も仙台行きの高速バスの本数が多い。
それに加えて新幹線の所要時間は東京から山形まで2時間30分であるのに対し、東京から新青森は2時間59分で行けるそうだ。
これには驚いた。山形市、完全に見放されてしまっているじゃないか。
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そして約束していた同郷の友人の子供と遊ぶ。
こちらも三重の友人に続き地元が同じ者同士で結婚していて、なんだか嬉しい。
奥さんのほうは今回初めて会った。
彼女は生まれてこのかたバイク乗りを見たことがないそうで、私の停めている駐車場まで送ってくれて私が降雨に備えて支度するのをまじまじと見ていた。
初めて見るバイク乗りが私だなんて、相当狂っているよ、と思ったがバイク乗りは総じて狂っているのでまぁいいか。(褒め言葉)
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夜は那須塩原に住む十年来の知り合いと夕飯を食べた。
こちらも車で連れて行ってもらったが、時刻は20時ごろ。
山のふもとのような霧の出ている、”営業中の飲食店など絶対に無い”と言い切れる場所にあった。
しかもそこはスナックなのに釜飯とココアを提供する変わった店だった。

世の中には不思議な出会いがたくさんある。
と余韻に浸る間もなく、ほとんど国道4号を走らずに、土砂降りの霧に満ちた農道を南へ南へ。ひた走った夜であった。
シールドもメガネも曇って目を開けると雨に叩かれて痛いし、視界が確保できず何度心の目でカーブの軌道を描いたことか。
寒さと視界の無い恐怖で、途中になぜか点在するコンビニに吸い込まれるように休憩。
那須塩原では宿が空いておらず宇都宮まで走る羽目に。
生きていてよかった。


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↑グーグル先生鬼!!




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# by aroundjapan | 2017-12-21 07:40 | 2017 バイク旅 | Comments(4)  

山形・宮城

会津の朝は寒い。
目を覚ますと早速防寒着を着込んだ。

宿のオーナーが見当たらず、M君は先に行ってしまう。
K君とは、コンビニの前で手を振って別れた。
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喜多方バイパスから国道121号へ進もう。
今朝は快晴だったが、久しぶりに頭痛がするので薬を飲みたい。

途中、コンビニを見つけてドーナツとハッシュポテトを買った。
頭痛がひどく、食べたい気分ではないが薬を飲むためにかきこんだ。
走っているうちにだいぶ気分は良くなった。

121号に商店などはほぼない。
路肩に花が植えてあったりとのんびりした印象の国道だ。
長い大峠トンネルを抜けた先は山形県米沢市なのだが、トンネルを抜けた途端に気温が下がった。
引き続き13号の山間部を進み、上山(かみのやま)を通過する。
温泉郷に立ち寄るか考えたが、やはり早めに蔵王へ行きたいので却下した。

すると国道から見える位置に、人口3万程度の上山には不釣り合いなスカイタワーがそびえる。
砂漠のオアシスのように蜃気楼が見えているのかも知れないと思うほど信じがたい光景だった。
あまりにも気になって立ち寄ることにした。おそらく40階近くある建物の周囲には広大な住民用の駐車場があった。
警備員もいて、ショッピングセンターの駐車場のようだ。
なぜこんな田舎にタワーマンションを作ったのか。
おそらくバブル期の宅地開発が関係しているのだろう。
調べてみると、41階建・2LDKのこのマンションは中古市場1000万を切る価格で売りに出されてる。
買い手もすぐつくようだし、雪下ろししなくていいし、下手に売れない一軒家を所有するよりはリスクが少ないかもしれない。
面白い光景を目にした。


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山形の名道・蔵王エコーラインを登る。
蔵王なんて聞くとスキー場の印象しかない。九州出身者のほとんどが、おそらくそうだ。
果たしてこの先でなにを見られると言うのか。

標高の低い位置はすでに紅葉が終わりかけていた。
平日にも関わらず観光客らしい自動車がそれなりにいる。

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ロープウェイもあるようだがせっかく車両でいけるので有料道路の蔵王ハイラインも走り、お釜に再接近。
ハンドルカバー・防寒着・・とあれこれ対策しているつもりだが、体中がガタガタ震える。
気温は4度だとか。
体感はそれ以上に寒い。
駐車場に停めると、寒さに弱い私はまずレストハウスで暖を取った。
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レストハウス2階の展望レストランは全席数の7割ほどが団体客の予約席と言うことで、昼食の支度がされていた。
券売機で玉こんにゃくを買ったはいいが、ろくに着席するスペースが見つからず、隅のほうに小さくなって食べる。
せめて間仕切り壁などで座席数の少なさを主張するなり、券を渡す際にアナウンスしてほしい。

玉こんにゃくは去年、道の駅あつみでしょうこさんを待っていたときに食べたものと寸分変わらない味だった。
どの店で食べても安定した味の食べ物と言うのは貴重だと思えるほどだった。
しかも100円か200円程度で、カロリーも高くないので山形県民のソウルフードは素晴らしい。
ご当地菓子らしき、おしどりのミルクケーキというものも購入。

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そして蔵王にはお釜を見に来たのだが、これがお釜の正体だった。
火山によって出来るカルデラ湖は十和田や阿蘇のようにいびつな形をしたものが多いが、蔵王のお釜はくっきり丸く見えた。
すぐそこに見えている感覚だが、天候によってはガスで見えない日があるそうで、今回見ることが出来てよかった。
海外の観光客も何組か見たが、よく探して来るねと感心。
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九州の人はあまり来ないであろう場所まで来たので、何か証をと思い刈田嶺神社にて交通安全ステッカーを購入。
どうやら山麓の遠刈田嶺の奥宮にあたるらしい。
厳冬期は当然こんなところまで自力で来れないため、里にも造り季節遷宮するそう。

蔵王を東方面に降りると仙台に行くことが出来る。
伊達家に所縁がある神社のようで、伊達の家紋入り。

駐車場に戻ると、すぐ近くに日本一周中と掲げた北海道ナンバーのカブ乗りの女性。
地図を繰っている彼女は私より一回りほど上に見えた。
声をかけてみると、完全旅仕様のカブとは裏腹に「テントも張ったことないし、まだ出てきたばかりで何もわからなくて・・」と不安そうに言う。
明日から天気が崩れるが宿無しで困っていると言うので、宿探しに便利なホームページなどを教えた。
キャンプはもう季節的に寒いし、一人で不安な気持ちも理解できる。
女性は、可能ならしない方がいい。
私は基本的に男性の旅ライダーがいてもほぼこちらからは声をかけない。(去年も唯一話しかけたのはWR250XのK君だけ)

そこに「ねえさん!」と、近付いてきた男性はM君が現れた。
ジャージ姿でビッグスクーターを乗り回していた彼は、さすがに凍えて唇が紫色になっていた。
M君と少しだけ話をして別れたが、彼も面白い奴で知り合えてよかった。

今回は来た道を戻り、13号を山形市内経由。
平安時代に開かれた天台宗の宝珠山 立石寺(りっしゃくじ:通称山寺)へ行くことにした。
こちらは会津のさざえ堂に続き、土産店付設の駐車場のみの案内である。
今日も昼食のタイミングを逸してしまい、到着した時刻は15時過ぎだった。

参道から最寄らしき土産店併設の食事処で芋煮を食べることにしよう。
ヘルメットを持ったまま店に顔を突っ込み、これから芋煮を食べて日没までに山寺へ行って帰ってこれるか聞くと、「あぁ大丈夫!間に合うよ!」と言われた。
ブーツをスニーカーに履き替えてしばし待つと温かな芋煮が出てきた。
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ズズズ・・
しょうゆ味の出汁が冷えた身体に染み渡るようだ。
この状態をなんと表現しようか。
やはりここらでは、食べるものの温度が料理に大きな意味をもたらしている気がする。
舌で感じる美味しいという感覚を越えている。
七味がまた身体を温めてくれる。
最後の一滴まで飲み干して御馳走様!
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日の暮れる前に降りてこなければならないので先を急ぐ。
この時間から上る人は、下る人よりも少ない。
この1年間、運動をほとんどしていないので1070段はさぞや堪えるだろうと思い、ペース配分を控えめにしつつ急ぎ足で歩く。

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金乗院のバカデカイ数珠のようなもので出来たぴんころ車。”生きている時はピンピンと、逝く時はコロッと”というらしい。(怪訝な目)
・・など見ているともう奥の院に着いてしまった。
公式ホームページによると見所はそれなりにあったはずだが、ふもとから頂上付近まで25分ぐらいだろうか。
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赤いのが有名な納経堂。
ふもとの町並みを入れて撮影すると、「あぁ山寺と言えばこれね!」という写真になると思うのだが、私の見たのはいまいちピンと来ない角度であった。
駐車場に降りてきたのは上り始めてちょうど一時間後だった。
恐らく階段を上りながら涼んだり、せみ塚を眺めたりして楽しむ場所だと思う。
案内など少なく、あまり当地の背景が窺えないし、せっかちな私には向いていない観光地と言えよう。
そしてなぜこのように地味な山寺(失礼)が観光地として成立しているかと言うと、東宮嘉仁親王(後の大正天皇)が行啓された事がきっかけのひとつであるそう。
山寺を訪れたことで、最早そういう視点から各地を見てしまっている自分に気付いた。
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下山して5分で身体が冷えてしまったので、風呂へ来た。
この旅において最北地点となる天童温泉だ。
風呂に入る前に、夕飯にまたもや山形名物・鳥中華なるものを食べた。
鶏肉の入った出汁の効いた醤油ラーメンで、三つ葉が載っているのがアクセントだ。

するとこちらのレストランのシェフが宮崎県出身と言うことで、私も住んでいた時期があったため従業員の方が呼んできてくださり歓談。
共通の知り合いがいたりと話が盛り上がった。
高千穂高校剣道部の話なども出た。(※彼も私も出身校ではないよ)
九州から東北へ移り住んだ背景が気になったが、料理人も雇用形態によっては全国転勤の仕事なのかもしれない。
ともかく彼が私がここまで来た事について喜んでくれたようで嬉しかった。

露天風呂はとても広く、1時間近く滞在した。
「こんな遠くの土地で皆同じように湯に浸かっている、私がどこから来たなんて彼女らは知らない。」と他の入浴客を見ながら、何度も同じ事を考えていた。
風呂は忙しい思考を穏やかにするのが、いい。
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夜は特に冷えるが、見知らぬ寒空に星を見つけた私は喜んでいた。



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# by aroundjapan | 2017-12-18 15:15 | 2017 バイク旅 | Comments(2)  

このがらんと晴れ渡った北国の木の香に満ちた空気を吸おう

今朝はライダーハウスで目が覚めた。
昨晩0時ごろまで奄美のW650乗りK君と話していた。
K君は二十歳ぐらいだったと思うが、音楽や服装がやたらと昭和趣味だ。
私がW650に乗っている理由を訊かれたので、片岡義男の名前を挙げると相当喜んでいた。
W650なんて乗っているのは当然、全員片岡義男ファンだと思っていたのだが、最近の若者的には違うらしい。

革ジャンを着たまま歯を磨いていると、K君はライダーハウスで飼っている犬の散歩に出かけた。
私は空の色を見ながらぼちぼち出かけようか。

走り始めたはいいが、かなり寒い。
会津若松は内陸部のため福島の中でも冷え込みが厳しいようだ。
こんなに寒いと、やけにトイレが近くなる。
道の駅で暖をとり、磐梯ゴールドラインに折れる前に給油する。
天気は良くなりそうだった。

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木々の色づいているのを見て心が躍った。
バイクに乗ること、それは目前にある感嘆の景色の一部となる権利を得ることだ。
乾いた空気には、紅い葉のにおいがする気がした。

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大きな荷物は宿に置かせてもらった。
後部座席に括り付けた私の旅カバンは、いつも空の色をしている。


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磐梯山ゴールドラインを抜け、桧原湖そして五色沼に立ち寄る。
太陽が出て暖かくなってきたため、五色沼でぶどう味のソフトクリームを食べた。


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磐梯吾妻レークラインを通り、一時間ほどで磐梯吾妻スカイラインの浄土平に到着した。
今回で3度目の浄土平になるが、やはり訪れる度に感動は薄れているのを実感した。
初めて先輩に連れてきてもらった時ほどの興奮は覚えない。

しかしながら、この地を踏むときは、いつも天気が良い。素晴らしい。安心する。
山の崩れた箇所から硫黄の煙が上がっていた。

ビジターセンターは紅葉シーズンを迎え、平日にも関わらず観光客でごった返していた。
2階のレストランでソースカツ丼を食べるつもりだったが、こちらも30分待ち。

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同じ30分なら、吾妻山を登って降りてこよう。
やはりここは日本の中でもかなり独特な景色だと改めて思う。



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今夜は会津若松まで戻るのだが、どう戻ろうか考えて、初めて福島市内方面に下りてみることにした。
このあたりは少し、由布岳のあたりを思い出す。

福島市から猪苗代へ抜ける国道115号は土湯バイパスと言い、まもなく安達太良山のふもとを3.3kmのトンネルで突っ切る。
沿線にめぼしい商店もなく、とうとう49号まで来てしまった。
空腹と寒さに参った私は、フードコートさえ閉店し始めた道の駅でパンをかじったが、どうにも身体が温まらない。
会津若松までは残り1時間弱の道のりだった。
決意した私はJR磐梯西線の陸橋まで戻り、東北一円に展開するファミリーレストラン・まるまつへ乗り込む。
去年、青森の野辺地で一度だけ入った。
レストラン自体は悪くないのだが、経営元の社名由来は怪しい気がする。興味のある方は検索を。

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店内には先客が一人だけいた。
店員も母親ぐらいの年齢の女性が一人だけ。
柔らかいソファに座ると、まずは彼女の温かい笑顔で迎えられた。
それは、冷えた身体にあたたかい出汁がしみ渡っていく感覚に近いものがある。
空腹と寒さに何時間と耐えた反動から、ソースカツ丼とそばのセットを注文した。
私は温まってきた身体に追い討ちをかけるように口に入れる。
半分ほど食べると睡魔に襲われたが、負けることはなかった。

店を出るとまだ17時にもかかわらず、夕日が落ちていくところだった。
道の駅猪苗代は海外のようにRVパーク(車中・テント泊を料金制で推奨する公園施設など)宣言をしているそうなので、コインシャワーが設置されていた。
シャワーを浴び、再び防寒着を着込んで宿を目指す。
K君は外出後すでに宿に戻ってきていたが、私は先ほどの睡魔を処理すべく寝袋に丸まり1時間ほど仮眠した。

そこにM君がやってきた。
彼も昨晩から連泊している大学生で、某和製ビヨンセの弟のような親しみやすい風体をしている。
彼がある場所に向かうと言うことで約束していたのだ。
夜の風は実に冷たい。
二人で30分ほど走行し、到着したのは芦ノ牧温泉。

何しにきたのかと言うと、芦ノ牧温泉には東北で唯一のス○リップ劇場が未だ営業しているらしいのだ。
古くから温泉街にはつき物らしいが、時代の流れで各地から姿を消している。
当然、昭和の終わり~平成に生まれた我々世代にはその実態は知る由もない。

内容について詳しく書いて、公序良俗に反するとかで叩き出されても困るので少しだけ。
そこは2名以上でないと入店させてくれないとのことで、M君と二人で向かったのだった。
歴史の遺物として興味はあったし、M君からの誘いが変なニュアンスでなかったので一緒に行くことにした。
この店も10~20年うちに嬢が辞めたら、おそらく無くなってしまうだろう。(嬢は高齢と予想。だが決して見苦しくはない)
厚着をしていて男性の目は完全に欺けたのだが、嬢に女性とばれてしまった。
やはり女性はみな身の安全がかかっているため、性別を見分ける力が備わっていると思う。
嬢も身の安全のため、客がどんな様子なのかまじまじと見て然るべきだ。

私たち以外に宮城方面から来た3人組の年配男性客がいた。
客席参加型であったり(嬢に手を触れてはならない)、嬢は我々の旅の話を聞きたがったりと非常に和気藹々としたいやらしさを感じさせない空間だった。
場末感あふれるショーを見るのだが、感想としてはプロとして客を楽しませようという熱意を受け取れた。

ほっこりとした不思議な気持ちのまま、宿に帰り引き続きM君の就職話などして楽しんだ。
旅のテンションでないとそういった場所へ行く気にならないし、よき友人と貴重な体験ができたなぁと思った。


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# by aroundjapan | 2017-12-15 14:43 | 2017 バイク旅 | Comments(3)  

会津若松さざえ堂

昨夜は4号線を北にひた走り、福島の手前郡山で入浴&ネカフェ泊。
福島県の4号沿いにはラーメン屋が多く、ちびまる子ちゃんのガソリンスタンドがあるのが気になった。

インターネットで検索してなんとなく向かった温泉だったが…
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なんか普通じゃ無い気がする。

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駐車場敷地の隣には、、
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地蔵?ひたすら幟が立ててある。それも妙なライトアップ。

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内部。出入口から露天風呂に至るまで全てこの調子。

露天風呂に薔薇のみならずたくさんの種類の花が浮かべてあり、私はきょろきょろしていたがほかの客は慣れた様子だったため不思議の国に迷い込んでしまった気分だった。
風呂は内風呂・露天風呂、アメニティも充実していて清潔で500円と安く、申し分なかった。
しかしながら激しく主張する看板は一体なんなんだ。
珍スポット認定だ。


宿泊はインターネットカフェの快活クラブ郡山安積店(あさか、と読むらしい)にした。
8時間パックで安く上げたいので、起床後バタバタと支度する。
モーニングももちろん食べた。
濡れた道具類を乾かすため、昨晩からブース内に店を広げていたがすっかり乾いているものもあった。
この3日間雨だったので室内に暖房が効いて、乾燥しているのはうれしかった。

道具を収納し、セルを回す。
アイドリング回転数が上がりにくく、エンジンが冷える季節になったらしい。

雨はまだパラパラと降り続いている。
走り始めると、わずか五分ほどの距離ではあったがぐっと冷え込んでいるのを感じた。
体感だと10度もないようだ。

コインランドリーにてスニーカーウォッシャーとドライヤー、それに乾燥機を利用した。
8時をすぎると連日の雨のせいで、地元のおそらく乾燥機を家に持たない人たちが集まり、乾燥機はほぼ満杯となった。

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県道6号と国道294号を西へ行くと会津若松に出る。
会津のあたりは立派な屋根を持った一軒家が多い。
役所のページによると歴史的景観指定建造物を指定しているそうだ。
しかし、それ以外にも目に入ってくる一般的な住宅は、材料こそ日本瓦でなくスレートが多用されているが、そのどれも屋根が立派で驚く。
城下町ゆえだろうか。
実際この景色は去年会津を訪れた際に印象に残っており、今回も機会を計らずとも走ることになった。
ゆっくり歩いてみたいのだが・・いかんせんここは住宅地に過ぎない。

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コスモスは、綺麗だと思い写真に撮ると大体汚く映る。不思議な花だ。
雨は上がったが、まだ天気があまりよくない。


しばらく走ると、三森峠という地点の気温は7度だった。寒いはずだ。
インター下に広いカフェスペースのあるコンビニがあったのでしばし休憩。
風もあり、防寒着がないと太刀打ちできない。

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飯盛山のふもとに駐車し、山を登る。
土産物屋に誘導する方式だったが、ここの主人は私を男性と思っており不躾な言葉を使われたので何も買わずに去った。
奥さんは丁寧な方だったので残念だ。

山と呼ぶまでもない高さだが、階段の隣には有料のエスカレーターが用意されていて、観光地として成立したのが割りと古い時期なのだと思った。
上った先にはこれまた”写ルンです”で撮影したような昭和感漂う景色があった。
森羅万象・何に対しても時は平等に流れるはずだが、日本中巡っていると時間が止まっている風景に出くわすことがある。

白虎隊というと、聞いたことがある程度だったが(中学生以降、歴史には疎い)会津の少年で編成された部隊だったのだな。
彼らは戊辰戦争において、若松城(通称:鶴ヶ城)を眺め、また市中炎上の様子を見、負け戦となることを望まず自決したと言われているそうだ。
それほど志の高い少年たちと同じ景色を、何の覚悟もなく見ている私は許される存在なのだろうか。
・・少なくともエスカレーターで上ってきた客よりは許されるだろう。


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円通三匝堂(通称:会津さざえ堂)

こちらへ訪れたのは、二重らせん構造の建物であるさざえ堂を見学するため。
江戸後期に流行した西国三十三所札所参りに対して、西日本までわざわざ行かずとも参拝できるよう建てられたものだそう。

土産物屋でNHKのブラタモリで放送された部分が繰り返し流れていたので、一通り見た。
建物を外から見ると開口部が斜めに並んでいる。
とりあえず中に入ってみよう。
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中はかなり狭い。手を広げるほどの幅はないし、頭もぶつけそうなほど天井は低い。
すべて木造で、足元の滑り止めに打ち付けられた木板を踏むと音が鳴る。
おそるおそる上がっていくと、前に入った客が歩くことで木の軋む音が頭上に聞こえる。

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最高点の太鼓橋を越えると、下り道となる。
これまで誰ともすれ違わない。
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これがタモリの言う”集中賽銭採集装置”の部分。
左右の網張部にかつて観音様が三十三体安置してあり、ひとつひとつの賽銭箱にいれた小銭が中央部に集まり賽銭回収が一箇所で行えるというもの。
その向こう側に私の後から来た客が居た。
彼らは私の頭上を歩き、私がしばらく写真撮影をしていると、画像左側から降りてきた。

全体的に木造で通し柱も所々切欠いたりと、かなり脆そうだが、土足のままで見学しても大丈夫なのだろうか。
それとも将来的に維持しようとは思っていないのかもしれない。

さざえ堂から坂の下へ降りると、神社の鳥居のそばに不自然な水路がある。
戸ノ口堰というそうで、江戸幕府下において会津若松の平野を開墾したく、藩や個人の資材をなげうって猪苗代湖から31kmも水路を整備したそう。
その後追加整備された飯盛山洞窟を幕末の白虎隊が泳いで渡ったらしく、さらに明治期の安積疎水へとつながっていくそうだ。

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飯盛山の敷地内にもちやがあった。
実に美味そうだったが、昼食前なので窓の外から眺めるのみで耐えた。

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一時間ほどかけて喜多方の坂内食堂にやってきた。
14時ほどになるが行列だ。
行列は嫌いだが、自宅から離れるほどそんなことを言ってられなくなる。
先に会計するシステムで、行列に並びだして30分ほどすると席についた。
肉そば(チャーシューメン)950円
チャーシューが好きだ。
口に合うのと合わないのと、「好き」というぐらいだから見たら大体どんなものか解るのだが、ラーメンが運ばれてきたら生唾。
透明なスープに太目の縮れ麺という時点で九州のそれとはジャンルが異なるが、味については有名店なので私が記述する必要もないのでは。
美味しかった。
というか、寒さや雨にさらされたあと温かいものを口にすると幸せになれるので、気候の厳しい北日本ではグルメのハードルがやや低いのではないかと思うのだが、これいかに。

店外へ出るとバイクに水滴がびっしりついていた。
では雨に濡れて参ろう。


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日没まで時間を持て余し、当初予定していなかった野口英世記念館へやってきた。
猪苗代湖のそばに彼の生家があり、一介の百姓どころか、農家もやっていけず貧困だった家の子が世界的医学者として名を上げたということで地元は誇りに思っているようだ。
明治初期に生まれた彼の生家は保存されていて、19歳の頃柱に刻んだ「志を得ざれば再び此地を踏まず」という力強い思いと、女一人で金を工面し学校へ通わせた母の思いが通じたのだな・・といたく感動した。
撮影したのは、彼が一歳の頃転落して左手が癒着してしまったという囲炉裏。

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生家が幅の狭い屋根で覆われている、よくわからない構造をしていた。
記念館設立はかなり歴史が古く、なんと昭和14年(英世の死後11年)から開館していたそうで周囲の熱意が伝わってくる。
2015年に大幅改修を行ったことで今の姿になったとか。
吹き抜けやガラス張り、色使いもモノトーンを基調としたもので洗練されていた。
さらに入館時に、雨に濡れたカッパやヘルメットを受付脇で預かってくださり、とても良心的な施設だと感じた。

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展示の中には、百貨店の紳士服売り場かと見紛う一角がある。
英世自身、明治~ほぼ大正時代の世界中を飛びまわっていた医師なので各界著名人とも交流のある、かなりハイソサエティな生活を送っていたのだろう。
さらに奥には実物大の動く英世人形があった。
野口英世についてもほとんど興味を持ったことがなかったので、こうして各地に足を運び視野を広げることが出来るのはありがたい限りだな。

今夜は磐梯で偶然の再会を果たしたW650乗りのK君に誘われて、ライダーハウスにお世話になることにした。



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# by aroundjapan | 2017-12-12 22:13 | 2017 バイク旅 | Comments(0)