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東京を通過する

友人宅で朝食は戴かず、旦那に礼を言って先を急ぐ。
まだ二人は起きていなかった。

これから家に帰るまで約一ヶ月の旅程なので、注文しておいた温泉手形の付いた雑誌をコンビニで受け取った。
朝食がわりのパンが喉に支えた。

名古屋市内での渋滞を予想してみえ川越〜豊田東まで高速に乗った。
昨日の大阪市内の走行で大層疲れてしまったからだ。
まして今日は先が長い。

西尾で給油をしようとスタンドに入ると、女性店員に話しかけられた。
ヘルメットから馬の短い尻尾みたいな髪が出てるからか?
今回はよく話しかけられる。
23号バイパスと1号でひたすら東へ向かった。
途中、西尾と蒲郡の間の峠と富士の裾野のあたり(愛鷹山のふもと)で山に登らされたがどちらもなかなか良い道だった。
裾野は流石に涼しかった。

道の駅ふじで休憩がてら、ミニしらす丼を食べる。
かすかに塩味が効いていて美味しい。
今年は黒潮が蛇行していてしらすが不漁だと言う。

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少しだけ富士の頭が見えているのがわかるだろうか。
この道をしばらく走ると東富士演習場のススキ野原に突入した。
なだらかな丘にススキがぎっしりと茂っていた。
位置は違うが仙石原のススキはこのようなものだろうか。
箱根には何度も行ったが仙石原がどんな所かは知らない。
スローなブギにしてくれ劇中で自動車を暴走する場面を思い出した。

国道246に入ったら給油し、空気圧をチェックした。
リアが18ぐらいでスカスカだったので、荷物は重いし25ぐらいにした。
フロントはバルブ口の形状が難しいので見なかった。
次に見れば良い。
ここでも年配の男性店員に心配そうに見られ、話しかけられる。

モトテカコーヒーには昼食の時に電話しておいた。
バイクから降りて歩く。
東工大すずかけ台キャンパスは綺麗で洒落た作りをしていた。
しかも横浜市に位置するというのを知らなかった。
ロイヤルエンフィールドが飾ってあるカフェが食堂の上階にあり、院生が使う空間らしい。
軽井沢のモトテカコーヒーを訪ねた話をした。
窓の外には紅葉した木々が無機質な建物を彩っていた。
こんなに素晴らしい大学なら、私ももっと勉強してここに来たかった。

当たり前だが、玉川通り頭上の青看板にはずっと渋谷の文字が出ている。
自分で選んだことだが、一昨日の昼まで福岡にいた自分が今ここにいることに違和感しかなかった。
都内で給油しようと思うけれど、上用賀で思い立ち、珈琲店に豆を買いに行く。
休日は毎回のように通った店だ。
千歳船橋駅にバイクで来たことはあまりないので一方通行路を迷ってしまったが、3番の豆を200g購入 ミルも持参しているので豆のままだ。
環七を東へ進み目黒で給油した。
スタンドには男性3人だった。
若い子が対応してくれたが、一番上と思われる人が話しかけて来た。
今日は三度ガソリンスタンドに立ち寄ったが記録的に毎回話しかけられた。
暗くなって来た頃、ビルの谷間から色づいた東京タワーが見えたので寄り道することにした。
みるみるうちに夜空の色が濃くなって行く。

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東京は日が沈むのが早い。
まだ体内時計が九州のままの私は狐につままれているようで、何度も腕時計を確認した。
17時半には完全に夜だった。
誇らしく反り立つタワーを背景に写真を撮り、また走り始めた。

レインボーブリッジから湾岸道路へ移行する。
上京した当時、レインボーブリッジのライトアップを見に来たが東日本大震災の影響で節電していた。
当時の東京はどこもかしこも節電していて、不謹慎かもしれないが、とても暗かった。
そういう記憶が蘇る。
レインボーブリッジ品川方のループ橋を久しぶりに走った。
生まれて初めてバイクで走ったループ橋。見事なループだ。
夜景も少し靄っているが橋上から綺麗に見えた。
船橋の手前で渋滞していた。
道幅がある場所では、多勢のスクーターを追いかけてすり抜ける。
コンビニでトイレ休憩とし、腹に溜まるものと思いアロエヨーグルトを飲む。
方々に連絡し、手形に記載された白井の湯へ向かう。
ナビで進むととてつもなく真っ暗な道を走らされた。
崖の下を駆け抜ける。
風も出ていて一つ間違えると田んぼに落ちそうだった。
交差点に信号機も街灯もなく真っ暗なのは参った。
温泉施設に入ると、若い店員がわからないようで、上の人が出て来てくれたが手形は15日〜でまだ使えなかった。
去年散々利用していたのに初歩的なミスをした。
悔しいのでJAF割引でタオルをレンタルして入浴した。

明日から雨予報なので、そろそろ雨が降ってないかなと思いながら外に出た。
雨はなかったが、風が強く冷たい。
風速10メートルはありそうな風だった。
ここ白井市は、一度人間の手が入ったのにある時点から開発をやめたふうだった。
舗装は行き届いているが、街灯が一切無いのだ。

砂漠の摩天楼よろしく、暗闇の白井を抜けると利根川のむこうに明々と街灯を光らせた茨城県取手市が見えた。

夕飯を取り、今夜はおよそ一年ぶりのインターネットカフェ・快活クラブに入った。
相変わらずアジアンで変な音楽のする店だ。
室配置こそ違えど、ファミレスみたいにどこの店舗も統一性がある。
ココアを飲んで落ち着いた。
久しぶりだからかわからないが、寝る姿勢が決まらない。
風邪を引いてるのか、しょっちゅう大きく喉を鳴らして鼻かんでる人がいて迷惑だ。
風邪引いているなら家に帰れもしくはホテル取れよと思いながら眠った。

今日は500kmほど走ったので心地よい疲労感に包まれていた。


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by aroundjapan | 2017-11-28 08:05 | 2017 バイク旅 | Comments(0)  

友人夫婦の子供に会う

船内放送は朝5時頃だったろうか。
着替えてすでに朝食を食べていた。
表に飾ってある写真と安さにつられたのだが、内容は肩透かしだった。
パンと卵料理とサラダとコーヒー。
文字通り簡略して解釈するとこうなるだろうという内容だった。
ミルクを混ぜたコーヒーで流し込む。

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甲板から見た大阪の朝はまだ開けていなかった。
まもなく下船する。

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船を下りると、フンデルトヴァッサーの舞洲ゴミ処理場を見に来た。
向こうから丸くてオレンジ色の線香花火みたいな朝日が昇った。

毒と掲げたタンクローリーの後ろを走る。
その鏡面に映る自分を見ていると、ものすごい速さで後進してるみたいで奇妙だ。

大阪市内は渋滞していた。
早すぎる朝食から時間が経って腹が減ったが、休憩できる場所が見当たらない。
仕方なく路肩のトラックの後ろに止めて立ったままコンビニのパンをかじった。
私は髪を束ねた革ジャンの女で、東本昌平の漫画に出てきそうな場面だ。

名阪国道には一度も乗らず、今まで走ったことのない道で三重県にたどり着いた。


去年日本一周旅の往路で泊めてもらった友人夫婦に子供が生まれ、一歳ぐらいになっていた。
バイクに括り付けてきた、カラフルな魚釣りのおもちゃをあげた。
まだほとんど喋らない男の子だったが、おもちゃを気に入った様子で、釣竿の錘になったマグネットと魚を付けたり外したりして遊んでいた。
昼ご飯は洒落たレストランで頂いたが、愚図るので母親は大変そうだ。
夜になると旦那が帰ってきて、近況を話す。
時間が足りないぐらいだ。
同郷の友人夫婦が息子と遊ぶ姿を見ていて、彼らが恋人の頃から知っている私は、とても嬉しくなった。



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by aroundjapan | 2017-11-25 03:14 | 2017 バイク旅 | Comments(1)  

また旅が始まる

4時間しか寝ていない。
起きるや否や、昼には出発すると決めているので部屋中荷物だらけにしてしまう。
昼食は親子丼。
コメが多く少し残した。

家族を巻き込みながら慌ただしく支度をしている汗だくの私は学生時代の同級生に呼び止められる。
最後に会ってから6年経っていた。


出発前 ODO45222km

国道を一時間ぐらい走る。
道の駅の石炭ソフトクリームを食べると決めていた。
トイレで鏡を見るとチョコレートで歯が黒くなっていた。

今日は10月とは思えないぐらい暑い。
分厚い革を呪う。
それでも自分の真冬装備に、すぐに感謝する日が来るだろう。
安心感はずっしり重く、取り回すのに一苦労だった。

フェリー乗り場でRZ250に乗った男性と話した。
30年間そのバイクに乗っているらしい。
明日私が訪ねる友人の家の隣町に住んでいるそうだ。偶然だ。

長距離フェリーは久しぶりだった。
風呂上りに船の甲板に出て、門司の山に沈む夕日を見届けた私は、カップに熱湯を注ぎきつねうどんを食べた。

予報を見ると今週末のツインリンクもてぎは3日間雨。
どうしてこう、雨女を裏付ける材料が揃うのだろう。
耳栓をすると睡魔がやってきた。

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by aroundjapan | 2017-11-21 14:13 | 2017 バイク旅 | Comments(0)  

長野、遠い旅路

今から6年前、私はいまの愛車であるW650と東京で暮らし始めました。

連休を貰えた私たちがともに向かったのはまだ見ぬ土地、長野県。
今回2017年秋の旅に出るに当たって、原体験となったその頃の記録が出てきたので一部掲載しようと思います。
(行間なんかが読み辛いですが、過去の文章なのでわざとです。)

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2011年7月某日(金曜日)

仕事に燃えていた私は、先に上がる先輩たちをよそに、一人残業をしていた。
腹が減っては戦は出来ぬと、同郷の先輩に貰い机の中にしまっておいたとんこつラーメンを食べ終わり、書類作りに精を出していた。
母から来たメールに時々返事をしながら、パソコンの画面に今まで自分が仕事で経験したものを書き出す。

そんなとき地震が起こった。
突然会社の備品が震えるような音がし、壁にかけてある額縁はゆらゆらと揺れているし、デスクの近くにある神棚を見上げながら家族のことを考え、身の安全を祈った。
その後、長くゆれ続いた地震は収まり、母からの電話を受け話しながら作業を再開。
さびしかったので1時間以上も駅につき電車に乗るまで話し続けた。
一人のときスピーカーを使って母と話していると、まるで対面して話しているようで気持ちが落ち着く。
帰り着いたのは0時を過ぎていた。

2011年7月某日(土曜日)
ゆっくり寝て起きた私はなかなかシャワーも浴びず(汚い)洗濯や洗い物をしながらすごした。
気づいたら午後になっていたのでどこかに行ってからあそこに行こうか、少し休んでからあそこに行こうか、ととある場所へのバイクでの道順を調べていた。
前日張り切りすぎたせいかちょっと体がだるかったのでベッドに横になっていたらうっかりと眠ってしまう。
起きた私は慌てて時計を見るが、家を出る時間には間に合っていてホッと息をついた。
待ちに待った日を寝過ごしてしまうなんてバカバカしいからな。

支度をしてバイクを動かす。
調子よくエンジンは鳴るが、道が進まない。
車が渋滞していた。二子玉川への道路は片側一車線で、車幅は狭く、路線バスが今日もスムーズな自動車の流れを妨げていた。
・・この渋滞はどこから続いているんだろう、と思いながら両肢の間で熱くなっていくエンジンの鼓動がさらに、気持ちよく走り出せないイライラを募らせる。
すり抜けることも出来ない渋滞は、バイク乗りを如何に陰鬱な気分にさせることか。
バイクは走るための乗り物だ。クーラーにあたる為でも、愉快な音楽を聴くためでも、助手席の誰かと楽しくおしゃべりを楽しんだり、両手を組んでくつろぐための乗り物でもない。

そんなことを考えているうちに渋滞の元凶と出会った。デパートだ。
乗り付けるための車たちがただ一箇所の入り口に入るために大集合している。

・・くだらない。そう思いながら駆け出した。たった十数分浴びなかっただけの風がやけに心地いい。
目的地に着いた。正確に言うと渋滞のせいで予想もせぬ開演時間の20分前となっていたので、止める予定だった、会場とは離れた場所の駐車場には止めず、バイクが何台か止まっている開けているが往来の少ない場所にとめることが出来た。
目的はベンジー、ベンジーのつくったシャーベッツだよ。
シャーベッツは、最高によかった。でも正直言って私は渋滞にはまり、すんなりと目的地に着けなかったことで疲れていた。
しかも最新アルバムを買うのをためらっていたせいで、あれだけ毎日聞いている彼らのやる曲が半分ぐらいしかわからなかった。悔しい。
ひとつだけすごくすごく好きな曲をやってくれたので、それを生で聴けたことをいつまでも覚えていようと思った。
ベンジーは相変わらず、私の理想の人だ。理想であり空想であり、夢みたいであり少年だ。好きすぎて例えようがないくらいにね。
Tシャツとタオルを買って、タオルはずっと首に巻いていた。肌触りが気持ち良いところと、綺麗な水色をしていることを、みんなに教えたい。
帰ってから、ライブで着ていたTシャツのまま近所のスーパーへ行き、そのまま帰りたくなかった私は、安い弁当を買い、高架下のベンチで月を見ながら、明日と明後日は何しようと思いながら、そしてぼんやり人生のこととかを考えながら、お弁当を食べ終えたその足で目の前にある本屋へツーリングマップを買いに行った。やっぱり長野へ行こう。なぜか今しかない気がした。


2011年7月某日(日曜日)
朝9時10分にはバイクにまたがっていた。
適当に着替えと歯ブラシをつめて、バッグをくくりつけて。スクリーンはうまくつかないので諦めた。
高速道路がスタートだ。

すぐそこにあるはずのIC、和泉という地名、多摩川で遊ぶ子供たちが見える。太陽がまぶしく光り、緑がそれに反射する。少し来すぎた。
高速に備え給油し、調布ICから乗ると、高速道路はいきなりの渋滞。
車がぎっしりと並んでいて、目の前にはモタードの3人組がキャンプ道具を乗せてすり抜けていた。
装備が万全で、一瞬引け目を感じたが、そんなこともなさそうだ。1人だけ早くて前にいるのが見えた。最後の一人がとてつもなくすり抜けが下手で、「モタードでボディ小さいくせに。」と思いながら後をつける。ダブロクにあとを追われるそいつのサイドミラーを見たが、変な方向に曲がっていた。本来は顔が見えるはずの角度だが、見えない。別に顔を見たくて見たわけではないが。
その3人組は八王子の前後で降りていった。
そこから先に”名古屋””青梅”とそれぞれ書かれた2方向に道が分かれていた。
名古屋方面が異様に渋滞していたのと、青梅方向の道が上り坂の勾配になっていて妙に開けて見えたのだ。なにより青梅という地名は、某バイク映画で聞いたことがある。
要するに何も考えずに上ったのだ。
高速道路には後進という選択肢が無い。間違えても、間違えているのに気づいても、ただひたすら前に進むしかないのだ。高速道路という場所ではなくても、バイクはいつもそうだ。
そんなことを考えながら、初めて出す最高速度を刻一刻と更新し続ける。ひゃく・・・と数えながらじわじわ回るメーターの針を見た。
私とダブロクのまだ行ったことのない場所。北へ進むごとに更新されていく。
すごいスピードを出し続けると、なんと埼玉県の地名が目に飛び込んでくる。
所沢、出口
私は道を間違えたことに気づく。しかも、数十キロ単位で方角が違った。
風に煽られて疲れていたのと、自分がどこにいるのか把握したくて狭山PAに止める。
男女のハーレー乗りがいた。
都内のカップルツーリング率は異常だ。
九州ではよく見る無料で飲めるお茶マシンがなかった。
東日本は世知辛いところやな・・と思いながらバイクの前にあった石で出来た腰掛に座り、ツーリングマップを開く。
すぐそこに、1.5メートルほど離れた場所にご自慢のハーレーをとめている男女がしゃがみこんでいる。
男はよくいる都内のハーレー乗りのあんちゃんだ。女の格好も、そういう男によくくっついているイカレタ女だった。
さっさと地図を確認し、ダブルに跨って本線へ出る。その場に居たくないとき、バイクは私の味方だ。
とりあえず自分は新潟へ向かう関越自動車道の上にいた。
本来の行き方とは異なるが、目的地には行ける。しばらく進んで給油をした。
そして群馬県にはいる。左へ曲がると上信越自動車道に入った。
上信越自動車道へ入ると、すぐに気温が下がった気がした。
車の量も大分減った。2時間以上高速に乗っていたら、お昼が近くなっていた。
土地の名物が食べたくて、次見えたSAに寄ることにした。
横川SAでは、釜飯が名物だったそうだが、先に見つけた醤油みたらしソフトというものを買い、椅子に座って食べた。これは意外にもおいしい。醤油の味の濃さがバニラソフトのコクをひきたてる。
この味を共有できる存在がいない。少し誰かと話したい気分だった。
無料で配ってるハイウェイ・ウォーカーという冊子を見たあと、お土産を買おうと思い、店内を回って吟味する。いくつか手に取り、実家の両親に送る小包の書類を書くとき、説明してくれるおっちゃんが話し好きな人で、私の欲求は若干解放された。だが、人からお金を貰うのにあんな態度で良いのか、田舎のおじちゃんそのものな接客だった。
一通り義務も終えたような気がして再び走り出す。まもなく見えた軽井沢出口の渋滞の帯に驚きながら、佐久から中部横断自動車道(無料供用中)に乗り、R142へ出た。夏の入道雲が追いかけて来る。清里を目指し、R141で南下する。清里から山に向かう道が八ヶ岳高原ライン。このあたりでは全く地理感が無いのでツーリングマップの”走って気持ち良い道路”をなぞっていた。
途中休憩に寄った牧場内の道の駅のような場所は人でにぎわっていた。何かと思って奥までいくと、八ヶ岳の山々が広がって見える場所があった。
ずいぶん遠くへ来たような気がしながら深呼吸をした。少し行ったところに足湯があるらしい。
本来の目的地へと先を急ぐ。
道の駅こぶちさわに足湯はあった。お昼をまともに食べず走っていたので小腹が減っていた。自然を満喫するために野菜ジュースとシュークリームを購入。それを持って、あとバイクにくくりつけたバッグから取り出したタオルを手に持ち、足湯の縦に並んだ板に座りそそくさとブーツ・靴下を脱いだ。静かに足を付けたにもかかわらず湯温は熱く、固まった私の両脚の指は、それぞれの役目を思い出したかのようにゆっくりと感覚を取り戻した。隣に一人で入ってきた男の子は熱いね、熱いね!と言いながら5分も立たないうちに上がってしまった。私もさらに先は長いので足を上げ、タオルで肢をよく拭った。元通りブーツを履き、小淵沢から高速に乗り諏訪ICで降りる。円を描きながらも、目的地がだんだん近くなってきた。R152からビーナスラインを目指し、携帯のGPS機能ナビと地図を見比べながら、恐る恐る進む。日没まで2時間をきっていたので焦り始めていた。
10キロほど進むと、今いる道路がビーナスラインであることがわかり安堵した。
地図上で考えていたルートとは違ったが、他に行く方向もわからないので道なりに進んでいく。
その日はさらに諏訪湖へ降り、20号を甲府まで下っていった。

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翌日は祝日で、山梨県甲府市のネットカフェで目を覚ました。
早朝の誰も居ない富士山周りを駆け、目的を達成し都内の自宅に戻った。

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この2日間で、道路はつながっていることを初めて体感した。
緑が本当に緑色をしていることを知った。

こうして私にとって長野県は忘れられない特別な土地となる。


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by aroundjapan | 2017-11-16 11:15 | もっと昔の記事倉庫 | Comments(1)  

帰宅しました

無事帰宅しました。

ぼちぼち何していたか綴っていこうと思います。

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by aroundjapan | 2017-11-14 21:23 | 2017 バイク旅 | Comments(0)