<   2016年 11月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 

九州編 島の朝

目が覚めると、濃い青をした海の向こうに朝日の色は消えていこうとしていた。

いま眼前にある有機的なものは窓の向こうの海だけに思える。
ベッドに腰掛けたまま朝の挨拶をしておこう。


身支度をし、二人にメッセージを入れたが返ってこない。
始発のフェリーで島を出るのに変わりは無いから、一人で歩き出す。
残していたおにぎりを食べながら、港へ行く道を昨日と同じように下る。

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歩き出して五分と経たないうちに目の覚める光景が広がっていた。
だが周囲の静寂と朝日の暖かさのために、胸をざわつかせている私の方がおかしいんじゃないかという気分にさせる。

誰一人いない。
平静さを取り戻して再び歩き出す。

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そこが世界のどこであろうが、朝の光は全てを洗い流すような、包み込むような神聖さをもたらす。
この島は特に、急速に荒んで行っている最中だから明日にはシャッターは飛んで行っているかもしれないし、柱は朽ちて折れているかもしれない。
しかと目に焼き付けておこう。

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島に一つの簡易郵便局。
建物は朽ちて行っているはずなのに、今朝生まれたばかりのように見える。
青空が澄んでいるせいだろうか。

26年までは直営の郵便局だったそうだが、民間委託へ移管した際ATMも撤去されたそう。
島には当然コンビニもない。
島を旅行する人はあらかじめ現金を持って行こう。
もっとも、お金を使う施設も食堂と宿ぐらいしかないのだが…。


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発電所の煙突は違和感なく島に溶け込んでいた。
SOPHIAの未だ見ぬ景色を流しながら歩いて行くと、胸を打つものを確かに感じてしばし立ち尽くしていた。


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下り勾配のカーブを越えた所で下を覗くと倉庫か工場か。
左の方で、男性が車のそばにでて身体を動かしていた。
通勤のため外に出てきたのだろうか。


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鏡が池を挟んで港の向かいまで降りてくると、猫がいた。
人間の住んでいるところで、エサをくれる人の周りに密集している。
朝日を浴びながら伸びをして、音もなく歩く猫を眺める。


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池島に入るとまず目に留まる道路の真ん中に生えた樹木、その足元には浮きを利用したアートが笑っている。
夕方には不気味に見えたものも、なぜか朝の陽の光に晒されると毒気が抜けていた。
九州の南の島でも見た気がする。ふと蘇った。


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昨日猫が集まっていた団地のあたりも、よく見るとかなり痛みが激しい。
あと数年のうちに、居住することも難しくなるのではないか。


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港には小さい船が入ってきていた。
日が昇ってきている。
少しだけ伸ばしてある防波堤の先の目印が十字架に見えた。


先に来ていた二人と合流し、島に滞在出来て良かったと語る。

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帰路に着き次第に小さくなっていく池島を見て、堀之内さんやガイドの男性、銭湯で話した女性たちの顔や、母ちゃんの顔が浮かんだ。
みんなそのうち、島と引き離されてしまうのではないだろうか?
興味のある人は今のうち見に行っていただきたい。


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by aroundjapan | 2016-11-25 11:00 | 2016 池島炭鉱 | Comments(0)  

九州編 池島炭鉱その3

つづき

次は、海の見える展望台があるということでみんなで歩いて向かう。

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道中、かつての風呂屋があった。
かすかに見えている建物の一部には男湯の表札がついていて、辛うじて銭湯だったとわかる茂み具合。

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炭鉱労働者の慰霊碑の近くに展望台はあった。
すぐ近くの島と言うよりは岩礁が隆起してできた島々がすぐそこに見えた。
軍艦島は、入り組んだ陸地の向こう側のため見えないようだ。


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続いて、母ちゃんの店という島にただ一つの定食屋へ。
今夜のメニューを予約しておいた方がいいと、ガイドの男性が連れて来てくれた。
店の中にするりと入ってくる猫たち。
本当に数が多い。

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母ちゃんの店はラブリーなピンク色で飾ってある。
店主はもちろん母ちゃんと呼ぶにふさわしい女性。
「あんたたち、なん食べるとね。はよきめんね」
私以外は関東や中部から来ているので、言葉が微妙に通じていなかったらしい。
私がみんなのメニューを取りまとめて母ちゃんにお願いした。

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ベンチにも母ちゃんの孫か何かだろうか。
小さい女の子が貼ったと思われるプリキュアみたいなシールが付いている。

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店の奥には池島を訪れた観光客や炭鉱マニア?が思い思いの寄せ書きをしていた。
ここで一旦、今夜泊まる宿にもチェックインしておこうということになり、歩いて数分の島唯一の宿泊施設・池島中央会館へ。

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関東から来られたご夫婦はあらかじめ予約していたそうだが、私たち三名は当日予約だったため急いで部屋を用意して下さった。
男二人は一つの部屋に、私は海の見える角部屋を与えられた。
これで3384円なのだから気前が良い。
じっとしていると埃の舞うのが分かるぐらい西日が強く差していた。
同時に何も聞こえない静けさだった。
廊下に出ると、もうすぐ陽が沈むので気温が低くなった気がする。

私の部屋へやってきた男二人は「ああ、左の鏡の中に知らない人の顔が映っているよ」とか「夜は隣のリネン室から物音が聞こえるだろうね」とか言う。タチが悪い。
怖がる私を見て、ふぁんすぃーは腹を抱えて笑いながら「お嬢のキャラが崩壊していくんやけど」と言う。
別に私は怖いものがないわけではない。

彼らは散歩に行くと言うのでついていくことにした。


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港を親指と人差し指で挟んだような形の主要道路を下って歩くと、太陽は海に沈もうとしていた。

ふぁんすぃーは夏に青森で出会うまで、ヨシダさんに至っては今朝まで知らない人だった。
だが年の近い私たちはここでこうして下らない話をして、一緒に歩く。


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太陽が照らし、影は何倍にも伸びた。
ふぁんすぃーは影でポーズを取りながら遊び、ヨシダさんは突っ込みを入れる。
彼らは旅の只中にあり、私は終えてしまった。
それがただの数分の出来事であっても、いつまでも続けばいいのにと思ってしまう。


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ここでは都会のクラクションのような喧騒も聞こえない。
あるとしたら波の打ち寄せる音だけだ。
空間を阻むものがない島で、黄金色のススキは太陽を目一杯浴び見たことがないほど茂っていた。

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時間を忘れて太陽が沈むのを見届けたかったが、店に食事の予約をしていた。
この町には街灯もないため暗くなると厄介だ。
そろそろ戻らねばならない。


店ではすでに夫婦が食事を始めていた。
コップに水を注いで席につき、いただきますと手を合わせてオムカレーを頬張った。
カレーは懐かしく美味しかった。

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食後は島に一つの銭湯へ。
当時の遺産というか昔から使われているものだからか、百円で入ることが出来る。
昭和価格ではないか。
湯に浸かっていると宿で対応してくれた女性が入ってきた。
茶髪を束ねて、さっぱりと小慣れた雰囲気の人だ。
私たちの友人関係を説明すると、納得した様子で「そういうのもあるのね」と言っていた。
私もそういう出会いを自分がしているなんて信じがたかった。
旅は心を解放するらしい。
銭湯を出たら夜空にはたくさんの星が輝いていた。

宿に着くと、身体が大きいヨシダさんは腹が減った~と言いながら袋ラーメンを茹でて食べていた。
部屋に戻るとふぁんすぃーの姿は見えなかったので、同じ年の私たちは仕事のことなどをお互いに話していた。
すると、ふぁんすぃーは戻ってくるなり「星を見に行ってた」と言う。
案外ロマンチストな彼は面白い。
今日と言う日が終わりたくないのは皆同じだったらしく、スマホを使って懐かしいアニメのテーマ曲を流して当てるクイズを延々とやった挙句就寝。
夜中に目が覚めることはなくホッとした。



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by aroundjapan | 2016-11-22 07:13 | 2016 池島炭鉱 | Comments(2)  

九州編 池島炭鉱見学その2

つづき

午後は島を散策して17時台のフェリーで戻るはずだったのだが、今日は風が強くて17時台のフェリーは欠航になるそうだ。
つまりたった今、本日最終のフェリーは14時の便となったわけ。
現在時刻13時半。大変だ、フェリーに乗るなら散策することができない。

でもここまで来たのに炭鉱だけ見て帰るなんて、どうしてもしたくなかった。
私たちは相談した挙句、島でのんびりする選択肢を取った。

早々に今夜は島に泊まると決断を下したヨシダさんに誘導され、電話で島に一つしかない食堂と宿泊施設の予約を追加してもらった。

私たち以外に千葉から来たという若いご夫婦が一組。
早速ワゴン車に乗り込み、この先は炭鉱で働いていた別の男性にバトンタッチして炭鉱住宅(通称炭住)等を案内してもらうことになった。
ちなみに午後の部は追加で440円支払うだけで、関係者以外立ち入り禁止のエリアを、関係者案内の元じっくりと見ることができる。
池島に興味のある方はぜひ午前のツアーに参加し、泊りがけの計画をしてほしい。


ここには1,2軒だけ住んでいる。
その、ベランダの取れ方のイカしてる団地では人間よりも猫に多く遭遇する。

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朽ち方が三者三様、どれが標準形か分からない


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一階に住んでいる女性が毎日決まった時間にエサをくれるみたいで、集まってきた

どれもこれも、やけに目つきが鋭く美形とは言い難い猫たちだ。
もしかして猫も人間のように血が交雑した方が美形になれるのだろうか、と思った。
猫自体は可愛いとは思うが肉食で昆虫も食べるし糞尿の匂いが臭いので、あまりベタベタと触れあいたくはない。
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ワゴン車で連れて来てもらった炭鉱住宅、ここにある一棟にはガイドの男性も住んでいるそうだ。
建物が緑に包まれる様は、蔦の這うレンガの学び舎のようでどこか懐かしくもあった。
しかしここはそう言った瀟洒な印象とは程遠く、手入れなどされていない。
空き家ばかりのベランダをふと見上げると誰か覗いていそうで怖い。

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ガイドの指示のもと、実際に団地に入ることができた。
玄関ドアに石炭シールと、夜勤者による”安眠中 ブザーはご遠慮ください”の文字。
幼少の頃、こういった集合住宅に住む友達の家に遊びに行った記憶がある。
塗装の上に赤錆が浮き出た鉄扉を開けて展示用の部屋に入る。
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展示用とはいえ、痛みの激しい居室内の床板は我々の重みで抜け落ちそうな簡素さを足裏に感じた。
事実、居室どうしの境目部分の隅に乗るとミシミシと音を立てて沈んでいくのがわかる。

今でいうワンルームのように、一つ一つが小さい間取りの部屋には昭和を思わせる品々が並べられていた。
鮮やかな橙のポットや急須、一升瓶にここで暮らしていた家族の息吹を感じられる。
もっとも、シンク上の吊戸棚に置かれたボンカレーには作為性を感じずにはいられなかったが…

その角部屋から屋上に抜ける狭い階段を上がる。

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雑草が繁茂し十数年は放置されているであろう団地は群れをなし、ある種の不気味ささえ生まれ始めている。
ここにはかつての賑わいはない。だが確かに何百人・何千人と言う、労働者と家族の生活を支えていたのだ。
ただのコンクリートに変わり始める団地を前に、撮影を終え黄昏るふぁんすぃー。(ハートに他意はない)

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十字架に見える電柱

今では電信柱も、蔦が絡まり千切れてしまった送電線も用をなしていない。
ガイドの男性のように所々居住している人がいるので、隣の島から個々に送電しているそう。
上水道も同じ。
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海側が8階建て、山側は4階建てになっている格別に大きい住宅を見に来た。
階数の違うのはエレベーターを設置しなくていいとか消防法などの理由があるのだろう。

インフラのパイプを個々に作る必要のない、大人数収容可能な集合住宅は素早く建てることが出来て画期的なものだった事だろう。
こういった集合住宅では、使用済みの風呂の水は一か所に集められ、洗炭に使用されるため工場群の場所までパイプで送水されるらしい。
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次は第二立坑へやってきた。
実は当時の池島炭鉱は、島の真下と言うよりはむしろ海底で何キロも離れた場所で主に石炭を産出していた。
一番遠いところで10キロほど離れているらしい。
作業時間が短くなってしまわないよう、作業場所に素早く移動するのが重要だったという。
坑内にはマンベルトという作業員運搬用のベルトコンベヤがあったという。

以上のような理由から、第一立坑より掘削場所に近い、第二立坑があとになって設置された。
奥に見える大きな物が坑内に降りるための昇降施設。
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建物内部に入ると、巨大な巻き上げ機がみられる。
ワイヤーを引っ張り、一度に180人を運搬する、秒速10mの高速昇降機を動かしていたという。


つづく

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by aroundjapan | 2016-11-19 16:10 | 2016 池島炭鉱 | Comments(0)  

九州編 池島炭鉱見学その1

お久しぶりです。

旅を終えて数日経ったある日。
青森のねぶた祭りで仲良くなった仲間の一人、岐阜のふぁんすぃーが福岡に来た。
福岡を案内したのだが、その時彼は長崎の端島(通称:軍艦島)に行きたいとのことだった。

ところが現在軍艦島は世界遺産に登録され、見学と言っても決められた通路の中を歩くのみだ。
海上の荒れる日は島に上陸することすら出来ないという。
そこで私の行きたい島を勧めてみた。
それは、長崎の西海市から船で渡る池島と言う島だった。

この島も端島と同じく炭鉱採掘の為に栄えた島である。
最盛期は7700人の人口を支え、2001年に炭鉱が閉山された。
現在も150人ほどの住民が住んでいるそうだが、その残された住宅のほとんどが空き家で廃墟を堪能出来るという。
さらに、島には食堂・宿泊施設・銭湯・信号機などがそれぞれ一つしか存在しない。
私は特別廃墟マニアという訳ではないが、保存状態の良い炭鉱に入れる事と未だに住んでいる人がいるレトロな島の風景を味わいたかったのだ。

一人で乗り込む勇気はなかったが、彼に聞いてみると興味があると言ってくれたので、炭鉱見学ツアーに申し込んでみた。

福岡市で彼と別れてから、また2日後には会うことになった。

朝6時に家を出る。
高速道路の高架下を真西に向かって進んで行くと、そのうち南側へ入って行く。
佐賀県に入った。
伊万里、有田と焼き物の町を進んで行くと西海の文字が見え、長崎に入る。

県道12号線の軽い峠道を楽しんで行くと、海へ抜けた。
すぐにフェリー乗り場が出てくる。
とても小さいものだったが、離島の多い九州ではよくみる規模の港だ。

ふぁんすぃーはまだ来ていなかった。
近場の駐車場にバイクを停め、雨が降っていたのでカバーをかけて港へ歩くと彼がいた。
いや、彼ともう一人ライダーがいた。
背が高く、BMWのGSから立ち上がった彼はヨシダさんと言う。
あまりに自然に一緒に居たので詳しい自己紹介をしないまま、切符を買い、30分の航路ののち池島に着いてしまった。


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池島案内図

池島の外周は約4km。島の名前の由来となった鏡ヶ池は港に姿を変えた。
ちなみに軍艦島は池島の”池”にすっぽりと収まる程度の大きさだったらしい。
なのに人口は池島より多かったのだから相当な人口密度だ。
炭鉱住宅にはプライバシーなど皆無だったのだろう。



船を降りると早速ガイドの年配の男性の元に20人ほどの参加者が集っていた。

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堀之内さんと言うガイドの男性は、ご自身も炭鉱に何十年も務めたと言うから、おそらく相当な年齢ではないだろうか。
炭鉱マンの粗野なイメージとは少し違い、とても闊達でハッキリした九州男児で、方言が自然に出る為、県外からの参加者も多いこのツアーにおいて解説を理解されない瞬間は少なくは無かったのかなと思う。

市の施設である建物に入り、受付の料金を支払い、池島炭鉱の歴史をビデオ映像で学ぶ。
一通り説明が終わると少し早めの昼食タイム。
炭鉱弁当のオプションがあるのだが、調べたところ内容の割に価格が今ひとつで、私とふぁんすぃーはコンビニでおにぎりを買って来ていた。
ヨシダさんはその800円する炭鉱弁当を注文していたため、見せてもらうとやはり…という内容だった。
しかもこれを坑内ではなく地上で食べるという味気無さ。
せめて外で食べさせてやってほしい。

その後ヘルメットにヘッドライト、硫酸電池と思われるバッテリーを背負ってトロッコ列車の停車場所まで歩く。
トロッコ列車に乗り込むと、動き出し炭鉱内へ入っていく。

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ピクニック気分で浮かれすぎな3人。


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電気職だったそうだが、トロッコに乗るときっと炭鉱に入る男の顔になってしまうんだろう。


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坑内はこんな感じ


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パネルを使ってマイつるはし?で差しながら説明をしてくださる堀之内さん。

県外から(というか他地域から)参加している人も多いので、みなさん熱心に聞いている。
でも参加者のみなさんは何を目的に来ているのだろうか?

他県の産業遺産を、実益の伴わない勉強のためにわざわざ見に来ているのだとしたらなんかものすごい。
廃墟ブーム?軍艦島ブーム?
私は日帰り出来る距離だし、生まれながら炭鉱は身近なものなので自然に受け入れられるけれど。経験した仕事も似た分野にあるし。
よくわからんが関東等からわざわざ九州に旅行に来てくれるのは有難い。

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鋼製支保工とか風管、ケーブルについて解説をする堀之内さん。

池島炭鉱は可燃性ガスであるメタンガスが充満しやすい土質だったため、火気厳禁・火花や静電気さえも引火危険があるということで禁止されていた。
静電気の発生を抑制するマントの紹介や、防爆仕様のスイッチを引っ張るよう言われたのでやってみると、かなり力が必要だった。

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掘削に使用するロードヘッダーの模型

ここが池島炭鉱のすごいところ。
通常、筑豊炭田などの大多数の鉱物掘削には手掘りが用いられていると思うが、なんとこの炭鉱では掘削作業は機械がやってくれると言う。
背後にある白いジャッキを支保工がわりに使ったそうだ。
驚いたことにジャッキの動力は油圧でなく水圧で、自走しながら位置を変えていくのだそう。

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エアコンプレッサーが動力の削岩機体験

堀之内さんに気に入られたのか、こちらも試してみるよう促されたが、どんな感触か知っているので他の参加者に譲った。

この先は斜坑部に続いていたがかなりの傾斜だった。
車では到底登れない、30%ぐらいの勾配がありそうだった。

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安全標語?

2001年の炭鉱閉山後は、ベトナムとインドネシアからの研修生を受け入れていたそうだ。
今やその取り組みさえ行われていないようだが、彼らの残した筆跡が。
安心はなんか違くないか、とふぁんすぃーと二人でコソコソ話す。

さて地上に出たら午前の部終わりで解散という流れだった。
午後は島を散策し、17時台の便で帰ろうと予定していた私たちだったが、思わぬ事件が起こった。

つづく



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by aroundjapan | 2016-11-16 15:23 | 2016 池島炭鉱 | Comments(0)  

165日目 旅の終わり

おはようございます。

今朝は福岡県内の叔母の家で目覚め、田川の石炭博物館へ行くことに。
これまで日本中を見て歩いた割には、地元の事を知らなすぎる気がしたからだ。

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チロルチョコの松尾製菓のあたりが田川だ。
屋外の無料展示を覗く。
大正時代の炭鉱住宅を再現したものがあった。
今年91歳になる祖母が産まれたのが大正が終わる年だから、今見ている文化は100年ほど前のものということに驚く。

この蝋人形は、近付くと突然筑豊弁で喋り出すが、他地域から来た観光客は恐らく聴き取れないし、怒っていると思うかもしれない。

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いまや全国的に知られている炭坑節は、ここ筑豊炭田に端を発する。
筑豊炭田は江戸時代から採掘が始められ、戦前日本で最大の石炭採掘地域だったと言われる。
北九州の八幡製鉄所方面に鉄道が延びているが、もちろんこの時代の遺産である。
現役運行で自身も乗ったことがあるが、いつか別の折で紹介したい。

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記念館の本館は改装期間中なので、広場に設置された石碑を見て散策。
福岡もすっかり秋になってしまったようだ。

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左奥に見えるのが、石炭を採掘した時の不純物を取り除いて集積したもの。
通称ボタ山。
小さい頃から智恵子抄よろしく、指さして「あれがボタ山」と言う風に聞いていた。
日本一周して、改めて見ると筑豊炭田は全国稀に見る規模なのだなと30歳近くなって自覚。

実は私の通っていた大学も、この炭田の成功によって創立された教育機関である。
今原点に立ち返ってこの地に生まれたことを意識せずにいられなかった。
本館は見ることができないので、工事の終わる来年また来よう。



1時間弱で福岡市内へ。
もういっそのこと日本一周中はぶらさげたまま家の前まで来た。
インターホンで母を呼ぶ。
おかえり、と言う母は笑顔でヘルメットを被ったままの私に抱擁を交わした。

関わってくれた人々、家族、友人、先輩・・そして愛車の2006年式W650へ。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
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2016年5月4日から始まった日本一周旅、これにて完了。
ここまで読んでくださった皆様、コメントをくださった方、心配してくださった方、ありがとうございました。




走った距離
県内某所→田川石炭記念館→県内某所→福岡市内
71km

使ったお金
給油 新出光¥1260


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by aroundjapan | 2016-11-09 15:02 | 2016 日本一周 | Comments(6)  

164日目 涙があふれそう

おはようございます。

朝起きて、ブログを書いていると襖が開いた。
女将さんは、今朝の地域イベントに出展するために作った栗おこわとコーヒーをお盆に載せていた。

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私の朝食がないのを心配して、売り物にする予定のものを「食べて良いよ」と持って来てくださったのだった。
申し訳なかったがお礼を言い、早速頂いた。
温かいおこわと栗のホクホクした甘さを口に含み、大切に噛み締めた。

わずかな宿泊料では有り余るほどのサービスを受けてしまったので、せめてもの感謝の気持ちと思い、店先で栗おこわと共に売られているおはぎを購入した。
また来てね、と見送ってくれた女将が元気なうちに再訪したい。


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宿の近くには名物の饅頭が売られていた。
今朝は晴れらしい。

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山口の風景、夏みかん色のガードレールと石州瓦の屋根。
とりとめも無いと思っていた山口県。
すっかりこの地が好きになってしまった。

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快晴の角島大橋。
旅の初日であまりの渋滞に立ち寄ることを諦めた。
学生の頃から何度か来ているが、W650で乗りつけるのは初めてだった。

W650と連れ添って五年。
ようやく見せることが出来た風景だ。

こんな絶景見せたらどんな顔するんだろう?なんて思いながら走って来た。

旅人やライダーと一通り会話を楽しんだ。

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下関は天ぷらの名産地。
大好物であるのでUターンしてまで購入。
揚げたてとお土産で、後悔のないよう欲するまま買おう。
まだほんのり温かいと言われた玉子天は、玉子を囲むように枝豆やキクラゲが詰まっており天才的な美味しさだった。
これがひとつ200円でお釣りが来るのだから、素通りしている人たちの気が知れない。

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家はもう、すぐそこだ。
叔母も家族もみんな天ぷらが大好物だ。血は争えない。
惜しげも無く大量の天ぷらを買い込んだ。


見慣れた191号線を引き続き下りていくと、料金所がある。
100円を支払うと、8年前ハタチだった頃の記憶が蘇る。
重心の高く軽いバイクに跨っていた私は、狭いトンネルを車体のそばに感じた。
緩くカーブする壁が、スピードの世界で自分に迫って来るようで恐ろしく感じた。

あの時の恐怖など今はもう無い。
忘れてしまった訳では無い、今もたくさんの出会いと別れと思い出を抱え、その門をくぐった。
このトンネルを抜けるといよいよ福岡県だ。

・・・旅が終わるのだ。
あの頃と同じスピードの世界で、自然と今まで出会った人たちの顔が浮かんでは消えた。
トンネル最深部に近づいているせいか、息が苦しい。
胸にこみ上げるものを必死で抑える。
涙があふれそうだった。

ついに抜け切った。
あまりにもあっけなく、目の前にあるのは見慣れた交差点だ。
左へハンドルを切る我に帰り、なんだまだ帰りたく無いんじゃないのかと自嘲する。

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学生時代ぶりの平尾台を走った。
こんな所だったか、記憶が曖昧だった。
当時はタンデムで連れて来てもらった。
誰も居ない溜池の外周をタイムアタックしたのも良い思い出だ。

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空は快晴で、すっかり秋を思わせる。
ここでは当時、同級生がロケットを宇宙に向かって飛ばしていた。
もちろん研究としてだ。

もう明日が165日目で旅の終わりの日だった。
悔しいような、安堵するような、文章にはし難い感情を持て余していた。

叔母のところに到着すると、祖母含めみんなが喜んで歓迎してくれた。
これでもう引き返せない、本当に終わりに向かっていく。



走った距離
俵山温泉 みかど屋旅館→県道281→R191→県道275→角島大橋→県道275→R191→奥野寿久商店→R2→関門トンネル→県道28→平尾台→県道64→R201→福岡県内某所
189km

使ったお金
水¥110
宿代¥3000
おはぎ¥200
天ぷら¥310
天ぷらお土産
関門トンネル¥100

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by aroundjapan | 2016-11-08 08:30 | 2016 日本一周 | Comments(0)  

163日目 幾時代かがありまして

おはようございます。


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よく眠れず、今朝も目覚めは最悪。
山口駅の近くにて気になる施設が二つあるが、出だしが遅いので中原中也記念館のみ行くことにした。

中原中也はここ湯田温泉の地にて明治末期に生まれ30歳で夭逝した詩人。
彼は、否定や破壊のダダイズムとフランス抽象詩の影響を受けていたらしい。
フランス語を習うため、日本大学を中退しアテネ・フランセにも通ったとか。
中也と言えば山高帽を被り小動物のように目の丸いモノクロ写真の印象だが、あれはヴェルレーヌの描いたランボォの扮装であるらしい。
今でいうコスプレ…。
中学生みたいにランボォを敬愛していたのだろうな。

ランボォは他にも数え切れないほどの文化人に影響を与えている。
文学界では三島由紀夫、音楽界ではボブ・ディランなど類を挙げればキリがない。
研究記の著者である西条八十は私の母校の校歌を作詞している。
詞がランボォを継承しているのだとしたら、私がここにいるのは数奇な巡り合わせだ。

幾時代かがありまして から始まるサーカス。
彼の作品で最も印象的であり、記念館の二階特別展でもサーカスに纏わる展示がされていた。
在りし日の歌は生まれて間も無く亡くなった愛息子の事を想って書いたそうだ。


以下、心に残ったキーワードを抜粋しておく。
真夏の燃ゆるような倦怠の太陽を道連れに
胸に沁みこむようなさびしさとキリモミのような痛快さ
坂口安吾、竹久夢二、谷崎潤一郎、澁澤龍彦
神田

こころままなる人間は、いつでも海が好きなもの!



サーカスの展示室では、昼光色の照明に照らされたモビールが音もなく揺れていて、この響きがよく似合う。
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

頭の中では中也と同じ、ハットを被った七尾旅人のサーカスナイトが延々と流れていた。


館内撮影禁止だったため、入口で販売されているカプセルのガチャガチャを購入。
彼が学生の頃刊行した末黒野の豆本が出て来た。

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中也を満喫した後は、市内に七箇所設置されている足湯のうち、記念館の警備員に勧められた井上公園へ。

湯が熱すぎて足が真っ赤になった。
車で旅行に来られている福山のご夫婦とお話をする。

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弁当を買って記念館の前にあるテーブルで食べ終わり、バイクに跨った所で良い色の三毛猫が歩いた。

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もう一度山越え、秋吉台展望台へ立ち寄る。
前述の通り小さい頃しょっちゅう来ていたので、地元のような気分。

山口県は、実は数年前にも大学時代の研究室旅行で堪能していた。
川棚で瓦そばを食べ、焼くと綺麗なグラデーションが出る萩焼きのお茶碗を手作りし(母が未だに使ってくれている)、どこかの海岸で花火をしたあとバンガローに泊まり、秋芳洞ではない方の鍾乳洞へヘルメットを被って入った。
長門温泉のあと、湯田温泉にも来ていた。
それらの日々は記憶の中で輝いて見える。

家族の都合ですぐには家に帰れないこの二、三日の間に山口県を再発見出来たことが嬉しい。

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Yちゃんに聞いた元乃隅稲成へ来てみた。
テレビで放映されたそうで、休日の今日は特に県外ナンバーが多い。

旅に出て2日目の朝、ここのすぐ横の山の上にある千畳敷に来ていた。
私は地元民に近い立場だが、このような観光地があることを全く知らなかった。
大抵の観光客は、鳥居の上に設置された“日本一高い位置にある賽銭箱”に小銭を入れに訪れるそうだが、この日は休日ライダーが騒いでいたため逃げるように去った。
大勢で騒いでいるライダーがやはり苦手だ。


長門温泉は前にも入ったしな、と彷徨っていると、とある温泉地に流れ着いた。

実家には予定通り明後日帰って来いと言われていたので、ここから福岡県下にある叔母の家に今夜泊めてもらおうと電話をするも、そこに居るなら泊まって来なさいと強要された。
なぜかと聞くと、私の父方の祖父と母方の曾祖母が湯治に通っていた湯らしい。
リウマチなどに効く泉質は西日本一だとか。

なるほど、それを聞いてここに来たのも何かの因縁だと思い、泊まることに決めた。
と言ってもそれほど優雅な旅館には泊まれない。

しかしこの古い温泉街には観光案内所は無さそうだし、インターネットで検索しても何もヒットしない。
まさか一軒一軒素泊りはいくらか尋ねて回る訳にも行かない。
考えあぐねて公衆浴場の受付に立って居る、親の年齢に近そうな女性に伺うと、私が温泉に浸かって居る間に各所電話をかけて訊いてくださると言う。

なんとありがたい事だろう。
まだ宿は決定していないが、にわかに喜んだ私は彼女に命運を託して湯に浸かった。
泉質に特徴は感じなかったが、昔から言われているほどの効能があるのは確かだろう。
湯から上がると、受付の女性はある旅館の名と電話番号、素泊りは三千円と縦書きでメモしてくださっていた。

三千円!?
信じられなかったが、電話をして見ると本当のようだ。
即決した。
あらかじめ場所を調べ、共同駐車場に停めていたバイクを宿の前に移動させる。
こんなに安く泊まれる宿があるなんて、自分はこの地に導かれたに違いない。

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この温泉街は昔からの景観を守り続けていて、狭い路地にぎっしりとマッチ箱みたいな宿が軒を連ねていた。

私の祖父や曾祖母もこの地を踏んで、川のせせらぎを聞いたのだろうか。
湯上りに浴衣に丹前を羽織って、散歩したのだろうか。
私が生まれる前にこの世を去った、写真でしか見たことの無い二人と、初めて繋がれた気分がした。

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宿に到着し、還暦は越えているであろう女将さんが布団を敷いてくれるのを手伝う。
寒くなって来た室内で小さくなっていると、お茶受けに旦那さんと食べていたであろう小さいシュークリームを持って来てくださり、お茶も淹れてくれた。
安く泊まっているのに申し訳なかった。

寒さに弱いので食事に出るのが億劫でいると、女将さんが「今から風呂に行くけど、あなたは夕飯に行かないのか」と訊いて来た。
それでやっと重い腰を上げ、一緒に行くことにした。
並んで歩くと女将さんの小ささが目につく。

女将さんを風呂に見送ると、この界隈に一軒だけある食堂は隣だった。
コンビニも15キロほど行かないとない場所なので、食堂の存在はありがたかった。
鶏そぼろの三色丼と、長門は焼き鳥が有名だと言うので銘酒獺祭の酒粕に漬け込んだという長州焼き鳥を注文。
酒は苦手だが、焼き鳥も美味しかった。

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店を出るとすっかり日が沈んでしまっていた。
少し寒いのでパーカーのフードを被り、写真を撮りながら帰った。
これほど良い場所なのに、客が少ないのが寂しいなと思う。

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食堂で時間をかけて食事したにも関わらず、湯上りの女将さんが住民の女性と喋りながら歩いて居た。
私に気が付いていないようだったので女性と別れた女将の前でフードを脱ぐと、「あら、あなただったの。男性かと思ったわ」と笑われる。
やっぱり…と思い私も笑いながら、同じ門をくぐり、それじゃおやすみと言われると、彼女は私の叔母か肉親なのではないかと錯覚した。

おやすみなさい、と告げて部屋に入る。

今日の夜は、たぶんずっと忘れないほど愛おしくなった。



2016.10.13
走った距離
快活山口大内→中原中也記念館→井上公園→R435→県道242→秋吉台展望台→県道28→R191→県道34→広域農道→元乃隅稲荷→R191→県道34→俵山温泉 町の湯、俵山本陣、みかど屋旅館
124km

使ったお金
ネカフェ¥1705
中原中也記念館¥
豆本¥200
弁当¥388
そぼろ丼、焼き鳥¥800
給油 長門¥1177


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by aroundjapan | 2016-11-07 07:00 | 2016 日本一周 | Comments(0)  

162日目 自販機めぐりその2

つづき
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3軒目の後藤商店は、年季の入ったうどんそば自販機、うどんラーメン自販機、お菓子の自販機、ポテトチップス専用回転自販機、お惣菜自販機、スケルトンの100円ロッカーと何でもありだ。
さきほどの肉うどんで満足していたが、気分が乗るのを待ってラーメンを食べた。

だが自販機ラーメンに使用されている厚みのあるソフト麺はどうも私の口に合わない。
麺とスープがどうにも馴染んでいない。
コウランのラーメンほどぬるくないので、まだ食べられた。
唯一チャーシューはいい線を行っていた。
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ゲームコーナーの筐体は殆どすべてが眠りに入っていた。
おそらく永遠の眠りだろう。。
スロットマシンは明かりがついていたが、無音だった。
それ以外に実働の、景品の当たる機械から流れている昔聞いたような陽気なゲーム音が物悲しい。
景品には、なぜかミニチュアのパイプ椅子がぶら下がっていた。
どうやって遊ぶのだろうか。


走ると間もなく山口県に入った。
ゴールの隣県だと言うことを、見慣れた字面に否応なく意識してしまう。

昨夜は眠りが浅かったので、道の駅の休憩スペースに腰掛けて少しの間仮眠をとった。
施設の海側には、強い日差しを避けるテラスがあったのでソフトクリームとカフェオレを持ち出す。
食べ終えると満腹になったので、人工に整えられた海岸で散歩をした。

ツーリングの合間に、太陽の光を受けて煌く海を眺めるのが好きだ。

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小さいころから何度も来ている萩市にて、世界遺産の反射炉を見た。
初めて見ると思うが、当然この国道のそばに昔からあるのだから、もしかすると物心つく前に見たことがあったかもしれない。

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秋吉のカルストロードへ。
ここも小さい頃親戚や家族に連れられてイヤと言うほど来ていた記憶がある。
鍾乳洞は透明なエビや蝙蝠が見られる動物園のように思っていた。

今になって、私の周りの県外ライダーが「カルストだ何だ」と騒いでいるのが少し可笑しい。

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山陰地方に入ってから何度となく見ているススキ。
風が強いのは土地柄だろうか。
それにしても視界にやたらと入ってくる外来種のセイタカアワダチソウが良くない。

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山口は地図で見ると意外にも広く、中部は特にのどかな田園風景が広がっている。
あぜ道にカブと軽トラで乗り付けた農家のご夫婦はおそらく汗を流しているのだろう。
あちらに届くよう、大声を張り上げて応援したくなった。

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道端に老人男性が寝転がっていた。のどかが過ぎる。
※アート作品のようです。

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晴れた今日は周防灘に沈む夕日を見に来た。
この海岸へ来たのは学生時代ぶりだ。

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今日最後の自販機めぐりは山口市の長沢ガーデン。
うどんそば自販機二機、屋台でもたこ焼きやカレーが売られていて、さらに温泉もある。
陸橋を越えてすぐ左でいささか入りずらいものの、ドライブインとして立派に機能している。

夕食代わりに天ぷら蕎麦を購入してみた。
ビニール袋に包まれた割り箸をウン10年ぶりに見た気がする。
箸でひっくり返すとゲソまで入っているかき揚げが登場。なんとクオリティ高い。

今日は300円とは思えない美味しさのうどんに二つも巡り会えて幸せだ。

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併設する温泉は放射性のもので、結果としては肌に合わなかった。
とにかくさっぱりしたので休憩室に行ってみると、宿泊客のカラオケ大会が始まっていた。
観客は私を含め3人。
年配の男性はなぜか立て続けに若い女性ボーカルと思われる流行歌を入力し、たどたどしくなぞるように口ずさんでいた。
酒の入った連れの女性が、その時代らしいアニメの曲を意気揚々と歌いはじめたので、その場を去った。

次回は屋台でポテトを食べて、宿泊2900円も利用してみたい。



その日の晩は、エチオピアの首都アジスアベバを連想する名称の道の駅で野営しようとした。
が、夜の早い時間に暴走族かぶれの若い少年たちが爆音で現れ、彼らが去り私は眠りに着いた。
その頃に、これまた爆音で音楽の一部を繰り返し流しダンスを踊る謎の女性二人組が現れた。

私も人のことは言えないが、公共の場所でやる事ではないだろう。
ちなみに私のバイクとテントは彼女らから見える位置にあった。
怒る事ではないが、迷惑に思う人がいることも知ってほしいと思い、声を掛け私が去ることにした。
深夜2時に運転し、市内のインターネットカフェに駆け込んだが、空調が寒くこちらも寝れたものではなかった。

山口県に対してもちろん悪印象など持たないが、むしろ逆に”変な人は出て行ってほしい”と思っていた。
九州のTVニュースは”九州・山口”と括られることも良くあるので、おそらく地元意識になってしまったのだろう。




走った距離
道の駅サンピコごうつ→R9→道の駅ゆうひパークはまだ→R9→日本海ドライブイン→県道171→R191→自販機のお店風花→後藤商店→R191→道の駅阿武町→萩反射炉→県道32→R490→県道28→県道242(カルストロード)→県道31→県道30→県道29→県道354→焼野海岸→県道354→県道215→R2→長沢ガーデン→R2→県道212→道の駅きららあじす→県道212→R9→快活山口大内
326km

使ったお金
肉そば¥300
おにぎり¥130
ラーメン¥350
道の駅阿武町 ソフト、カフェモカ¥350
天ぷらそば¥300
風呂¥390
風呂ロッカー¥100
スポーツドリンク¥130
給油 益田¥1183

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by aroundjapan | 2016-11-06 09:25 | 2016 日本一周 | Comments(2)  

162日目 自販機めぐりその1

おはようございます。

朝5時にすぐ隣で咳払いをする男性が。
これは起きろという不可視の圧力だと思い、さっさと撤収作業をしている私に彼は「ん、そのマットはエアーなんだ?」などと訊いてきた。
周りには車中泊の夫婦が1~2組いるようだったが、この男性は単独だった。
もしかしてただ話したかっただけなのだろうか。
反射神経や正常な感覚が機能していない寝起きのうちに、見知らぬ人と話すのは避けたいので適当に相槌を打ってごまかす。
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逃げるように走ってきたのは、道の駅ゆうひパーク浜田。
眼下に日本海の漁港が広がる。
今朝も晴天だ、漁港関係者の皆さん新鮮な海産物を届けてください。
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道の駅のピクトが面白かったので撮影。
トイレで考え事している人等、諸所突っ込みたいところがある。
施設内にはスケート場やフェリー船内でよく見るホットスナック自販機と、カップヌードル自販機が並んでいた。

これは仕込まれたシーンのように思える。
なぜなら今日は自販機巡りをするつもりだからだ。
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一つ目に到着、ドライブイン日本海。
景色もいいとの噂でぜひ来てみたかったところだ。
というか国道9号線上にあるため大抵の旅行者は店の前を通るのではないだろうか。
圧倒的レトロなフォントが、斬新な斜め屋根に張り付いている。
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店内はなかなか見ごたえがあった。
カップヌードル自販機には何となく無理やりどん兵衛が並べてある。
ベルトコンベアで落ちてくるおにぎりに、うどんそば自販機。
ロッテのグリーンガム(この辺ももはや希少)、大塚製薬ソイジョイの自販機。

次の店に期待をしているのでまだ食べない。
ただし小腹が空いたので持っていた果実チップを食べる。

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目の前には9号線のすぐ海側を山陰本線が一両編成で走っている。
腰掛けて眺めていたい。

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2軒目は自販機のお店 風花。
店構えが可愛らしくデコレーションされていて、入りやすい雰囲気。

店主の手書き?と思われる水彩画も掲示されていた。

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”お米は安心安全島根米”だそうだ。
こちらのカップヌードル自販機にも塩ラーメンが入っている。

調べたところによると、風花の肉うどんの評価が高いので頂いてみることにした。
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麺の量に見合った肉の量、かまぼこ二つ、ネギまで載っている。
これは美味しそうだ。
少し手が冷えているので容器の温かさが心地よい。
味はしっかりついているが濃すぎない昆布ダシは、身体を中から温める。
麺の食感は讃岐より柔らかく博多よりつるりとしていた。

ただのダシとは違うと感じ、探ってみると容器の底から2センチ程度の柚子の皮が出てきた。
これには痛く感動した。
柚子の皮をひとかけらずつ剥き取り、一枚一枚うどんの下にセットする店主の努力が見えるようだ。
香り豊かなダシを啜ると、その想像の中の姿は神々しくさえ思えた。ありがとう。
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食べていると煩い客がやってきた。
人間が怖いようだが、食べ物の匂いの出所をじっと狙っていた。
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住みついているのだろう。
誰も居ないので小さくしたかまぼこを投げるが、食べ物だと思っていないらしく匂いを嗅いだ後無視。
それなら、と口の中で小さく小さくした肉片を投げると嬉しそうに食べた。
ごみを散らかすとよくないので、かまぼこも食べられるんだぞとしつこく教えると観念して食べていた。

店主に感謝を伝えたいほど美味しかったので、店内の惣菜自販機でおにぎりも購入。
何度でも人を連れて来たい。
是非みなさんも行ってみてください。

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3軒目は後藤商店。
地図で見ると風花と近いように思えたが、実は10キロほど走る。



つづく

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by aroundjapan | 2016-11-05 12:30 | 2016 日本一周 | Comments(0)  

161日目 米子から出発

おはようございます。

今日はSさん宅から出発する。
Sさんは今日まで5連休取ってくれていた。
いつものように朝食を頂き、奥さんとハグして彼女を仕事に送り出したあと荷支度を始める。
バイクに荷物を取り付けるのをSさんが手伝ってくださった。

支度を終え、お茶を飲みながらなんとなく二人で話し込んでしまう。
「もう一日泊まって行ってもいいんだよ」と言ってくださるSさんに、これ以上甘えてられない。

10時を過ぎてしまった。
今日は二人でバイクに乗り、日御碕灯台まで一緒に行き別れる約束でいた。
重い腰を上げ、境港へ向かう。


駅前にバイクを停め、水木しげるの妖怪ロードと言われる様々な妖怪の銅像展示を見ながら土産屋を見物する。
鬼太郎グッズのタオルとステッカーを購入すると、スタンプラリーの冊子をサービスでくださったので予定にはなかったがスタンプラリーをすることになった。
沿道に設置されているスタンプを次々押していく。

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こういった恐ろしい妖怪が小さく銅像になっている。
森羅万象はサイズが小さいと何であろうが可愛くなることが判明。
チオビタドリンクはSさんに頂いたもの。

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少し歩いたところに妖怪神社があり、目玉の親父型の石が水の力でくるくると回っている。
参拝の仕方がわからないが、適当に拝んでおいた。

妖怪だらけの散策路を進んでいくと商店街に入ったので折り返す。
水木しげる記念館でトイレだけお借りし、出てくるとSさんは猫娘と戯れていた。
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記念写真を撮ってもらい、通りに戻ると途中で食べた味の濃い醤油アイスクリームだけでは耐えられず蕎麦を食べることにした。

その店には蕎麦しかなく、飯類は一切ない。静岡のわさびを使用しているそうだ。
この間しょうこさんと食べたわさびだった。
チューブのわさびよりまろやかで美味しい。
つゆまで蕎麦湯で割り、飲み干した。

スタンプラリーを集めてステッカーも貰えたので、再びバイクに跨る。
昼食後は眠くなるが、信号待ちで並ぶSさんは時折「名残惜しいから先へ進みたくないね」と言う。
そして数時間後にはSさんと別れることを思い出した。
実感が湧かない。

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タンクローリーの後ろについて走る私たちは、進んでは消えて行く色付いたケヤキ並木の風景の中に吸い込まれないように踏ん張っているようだった。
片岡義男の小説のワンシーンが浮かんだ。
Sさんは今なにを思っているのだろう?

宍道湖にさよならを言い、出雲大社の前を通過し、日本海を左手に見ながら日御碕灯台へ到着。
意外にも観光客は多い。
美保関とは違い、年季の入った土産物屋が軒を連ねていた。
灯台のある観光地らしくて良い。



灯台は海抜より先端までの高さが日本一だそうだ。
200円払えば登れるので挑戦することにした。
靴を脱いで灯台の螺旋階段を登るのは初めてだ。
数十段登ったところでSさんは息苦しそうにしている。
なんとか登りきる頃にSさんは「私は高いところが苦手なんだよ」と言う。
それなら何故登ろうとするのだろうと思ったが、あとになって考えれば全て私を喜ばせようとしてくれたのだ。

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靴下のまま風に吹かれながら回廊に出ると、断崖に立つ人が見えた。
柵のないあちらの方がよほど足がすくみそうだ。

一周した後ゆっくりと階段を降りて、駐車場の前に置かれたベンチに座った。
Sさんは奥さんの作ってくれたドーナツをポーチから取り出し、私にくれた。
私が食べていると「ちょうど国井さんみたいだ」と言う。
あまりもてはやすように仰るので、素直に喜べなかった。
影響を受けすぎですよ、と笑うが親ぐらいの年齢の見ず知らずの男性が私に対して、まるで実の娘のように扱ってくださることを改めて感謝した。

彼のスポーツスター1200に乗りたいというと、跨る姿を写真に撮ってくださった。
私も国井さんを初めて知った中学生の頃、スポーツスターに憧れていた。
高校時代、学校に話しに来てくれたスポーツスターに乗った牧師のサインをジャージの背中に書いてもらい、ファイヤーパターンのタンクを載せた車両の前で親友と記念写真を撮ってもらった。
彼に「私、スポーツスターに乗りたいです!」と言うと「じゃあチームに入ってね。」と言われたのを鮮明に覚えている。


30分ほど行った場所にある道の駅で解散しようということになった。
到着すると室内のベンチに腰掛け、海を見ながら1年半前に出会った時と同じようにココアを啜った。
目の前はガラス張りだが、一面に昼下がりの日本海が広がっていた。

あまり引き止めても、と目を細めて水平線を見つめる彼が仰るので駐車場で解散した。
彼は東に進み、私は一人で西に進んだ。
日が落ちていき、石見銀山に着く頃にはぐっと気温が下がっていた。
軒を連ねる石州瓦の赤色に、懐かしさを覚えると同時にもう地元の隣県ぐらいに入っている事を悟る。
今見ているのは、旅に出て二日目に見た光景と同じだった。

走りながら、頬の端に残っていた飴玉を引っ張り出すように、この数日間に数え切れないほど交わしたSさんとの会話を反芻した。
Sさんは私との出会い、私との時間を本当に大切に思ってくれていたのが態度と言葉からひしひしと伝わってきた。
私はその想いに応えられていただろうか?
米子から離れるほどに寂しさは募っていった。

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石見銀山の大森町を歩くと、誰も歩いていない日の暮れかけた山陰の集落はすでに一日を終える作業に入っているようだ。
簾で目隠ししてある扉の向こうでは風呂の音がしていた。
カコン、と言う音と湿った古い木の匂いが、通りにはみ出してきていた。

私の身体も冷えてきていたので温泉津温泉に向かう。
山を抜けると、水平線の近くが余りにも赤くなっているのを見逃せず漁港に向かった。
夕陽を追いかけて停車する。
港から投げ釣りをしている男性が「イカが釣れたよ。イカ。」と見せてくれた。
逆さ吊りになった模様のある寸胴なイカのヒレがうねうねと動いている。

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赤い色が濃紺の空に消えていくと、気温がさらに下がったので温泉に入った。

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温泉津温泉にある、薬師湯という1300年以上の歴史を持つ温泉だ。
浴室内では若い女性が大声で話しているので落ち着かない。
それでも、40度を越える湯の中で冷えた体がじわじわ温まっていくことに幸せを感じる。

ドライヤーも貸与してくれた。
2階は椅子を並べた休憩所になっていたが、隣のスペースには酸素カプセルのような怪しげな大きな機械が据えられていた。
経営者の趣味のようだ。

3階は屋上テラスになっていて、小さな星がいくつか現れ始めた紺色の空を背景に、せり立つ山を断ち切るようなオレンジ色の照明で照らされた温泉街が延びていた。




走った距離
米子市内→R431→水木しげるロード→江島大橋→R431→出雲大社経由県道29→日御碕灯台→県道29→くにびき海岸通り→道の駅きらら多伎→R9→県道321→46→石見銀山世界遺産センター→大森町→県道31→R9→温泉津港→薬師湯→道の駅サンピコ江津
191km

使ったお金
醤油アイス¥700
薬師湯¥350
コンビニご飯¥500?

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by aroundjapan | 2016-11-04 10:10 | 2016 日本一周 | Comments(0)