カテゴリ:2016 九州半周編( 5 )

 

九州半周編4/4 阿蘇一周

かなり遅れての投稿。

以下、前置き

九州の大観光地、熊本。
まさかこの3日後に大きな地震が起こるとは予想もしなかった。
二度通った阿蘇大橋や、前回走ったラピュタの道が崩落してしまったのが実にショックだった。
ライダーとして1日も早い復旧を願っている。
素晴らしい所なので、復旧したら皆さん是非行ってみてほしい。





2016/4/11(月)

朝は熊本市内の染物屋兼宿という一風変わった場所から始まった。
外国人が多く泊まるようで、料金は2800円だったと思う。
市内に着いたのは夜で、路面電車のレールの先には熊本城がライトアップされていた。

食事の提供はもちろんないので、夜は商店街の飲食店の客引きに釣られて女二人の飲み会だ。
彼女が昨年、日本一周した際に宮崎の自宅に停めたときのお礼と言うことで、今度は私が餞別代りのご馳走になった。
それから後は熊本市内で二番目に古いと言う銭湯へ行った。
脱衣室には座って乾かすタイプのドライヤーが置いてあり、北海道は稚内の銭湯にこれが置いてあったと友達が言う。
くぅ…稚内か、早く行きたいな。
徐々に装備の仕度は進めていたものの、先ほど奢ってもらったことで、私の日本一周旅は現実味を帯びてきた。


この友達とは学生の頃から九州のあらゆる街へ二輪を駆り、山間部や海沿い・時には猛烈な土砂降りの中を走り、降りたら降りたで夜の街を食事や風呂を求めてほっつき歩いたのだがあと数ヶ月で結婚のため福岡から居なくなってしまうという。
楽しいこともトラブルも、苦楽を共にした仲間だ。
一緒に走り回ることが出来なくなるのはとても残念だが、彼女の決断だ。幸せになって欲しい。


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夜の間、宿の正面にバイクを停めさせてもらっていたが、友達のSRは私のバイクの右に縦方向で収まっていて、やはり大型は図体が大きいんだなと感じる。


さて、今朝は阿蘇山周りを走って海岸で夕日を見た後、高速で帰るコースで走る。

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熊本市内から南阿蘇や高森町を通過し宮崎県日之影町、高千穂町へ抜けるのに便利な、峡谷部を渡す大きな橋・阿蘇大橋を渡り、国道から一本入った農道。
誰も居ないので走りやすいが、起伏があり視距離が短かったり、道路の中央線が引いていないため注意深く走る必要がある。
人間よりもはや牛注意の看板。
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少し走ると見慣れた空に浮かぶ道路。
左車線を「ガケに落ちそうだー!」と思いながら走ると、阿蘇に来たという感覚をおぼえる。

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はるか下方に集落が見える。
今日は天気がよく絶好のツーリング日和だ。
本当に気持ちが良い。

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草千里は以前、レンタルしたWR250Xで走った。
友達はそのときグラストラッカーで来ていたはずだ。

3年ぐらい前だろうか?
夕暮れの刻で、宿にチェックインしてからひとっ走り来ていたのだ。
道路に寝転びながら、遮るものの無い空を仰ぐと、まるでアメリカのルート○○のような気分だったのを覚えている。

緩やかな勾配の先には山が連なる。眼下には集落と緑が広がる。
日差しは夏で、爽やかな風の中を走り抜けた。

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牛や馬が放牧されている。
彼らに手を振り、前後に誰も居ないのを見て、景色を独り占め。
大草原の中で気持ちがよさそうだ。
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停車してクラシックな外観の二台を並べる。
私たち二人と二台は、皆それぞれに幸せな時を過ごしている。
このあと大観望にも一応行っておいたが、わりと頻繁に訪れるため写真無し。


道の駅阿蘇にて昼食とする。
関西方面から走ってきた隼乗りの革ツナギを着たライダーが、ぐったりとうつぶせになっていたが、身体がきついのだろう。
そっとしておいた。
電車の駅と隣接している道の駅は大賑わいだったが、その、前回来たときにはこのようなものは無かったはずでは?と、友達と記憶を辿っていく。
きっと夜だから気が付かなかったのだろう。
だとしてもこれほど大きくなかったと思う。数年以内に大規模に拡充したのだろう。

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その後、益城町を通り抜け、宇土市宇城の御輿来(おこしき)海岸の干潟に沈む夕陽を見た。
ここに至る国道57号は片側一車線のみで、いつも渋滞している。
岸壁で湯を沸かして珈琲と紅茶と洒落込む。


残念ながら干潮と日の入りと快晴が重なる好条件ではなかったが、それなりに綺麗な夕日だった。
日が沈むとずいぶん冷え込んだ気がする。
高速道路にて家路を急いだ。




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by aroundjapan | 2017-01-10 15:37 | 2016 九州半周編 | Comments(2)  

九州半周編3/4 天草は広い

2016/4/10(日)

前日の晩は、まっくらな海のそばの道をハイビームで進み、やっとの思いで宿に着いた。
部屋に入るなり台湾人が案内してくれ、オーストラリア人3人組がパスタを炒めていたので強烈なネギ臭を嗅ぐことになった。

宿のオーナー夫婦も宿泊客も庭でキャンプファイヤしていたので、そそくさとシャワーを浴びて、誰もいなくなったキッチンでラーメンを茹でて食べた。
食べ終えたころ、宿の奥さんが出てきた。やっぱり可愛い人だった。女性と話したのが数日ぶりなのでとてもうれしくなってしまった。
それは置いといて、スーパーに寄ったとき、数時間ぶりに小売店を見ることとなったのでパンとドーナツを買って食べた。
そして宿に着いてさらにラーメンまで食べてしまい、空腹に慣れていたおなかがパンク寸前。
特殊な状況において、人間の判断力なんてあっけなく砕け散る事に危機を感じた。
なぜラーメンを食べたのだろう・・(呪)

翌日、友達と待ち合わせをしていたので朝は宿の共有スペースで、スタッフの台湾人とそれぞれの国の大学制度の相違について話した。
英語でも中国語でも言いたいことがさっと伝えられないことにもどかしくなった。
言語を習得したい・・ドラえもんがいるなら翻訳コンニャクがほしい。。

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お昼前に友達が4時間かけてぶっ飛ばしてきたので、休憩した後ボチボチ発つことにした。
バイクにまたがったままオーナー夫婦とスタッフに見送られた。

目指したのは崎津集落。
ちゃんぽんのリベンジなるかと思いきや、今日は日曜日。
この店の暖簾はいつオモテに出ているのだろうか。
なぜこれほど、いちいち落胆しているかというと、天草の各集落は距離が離れているのだ。
その町でお昼ご飯を頂かないと完全にタイミングを逃してしまう。しかも食堂の営業時間とかみ合っていない。
それだけが天草の惜しいところだと思う。
通りに怪しげなコーヒー屋が営業していたので、昼食を食べられる店はないか訊いてみると一軒の寿司屋を教えてくれた。
ついでに、店員の女の子がかわいいんだよね、あの子の前じゃ言えないケド!
調子の良いオヤジだった。笑
言われた通り歩いてみると、雑貨屋のような戦後の昭和レトロを思わせるバーのような、雑多な雰囲気の店があった。
暖簾をくぐると、所狭しと入れ墨の入った体格の良い男性が包丁を拭い、続いてこちらを睨んだ。


久しぶりに会ったため、私達の会話は弾んでいた。
しかし大将を見るや話すのをピタリと止めた友達。

「2名です。ランチ良いですか?」
と私が聞くと、大将はシャリを握りながら、低めの声でどうぞ、と手を差し出し、誘導された席に座る。

文字通り大きな大将は黙々と寿司を握っている。
注文をして、少しすると寿司は一貫ずつ次々と出てくる。
口に含んでいる合間、友達と話をしているうちに再び弾む会話に、寿司を食べるペースが遅れる友達。
大将が次のネタを置こうとし、態度で急かす。
そしてビビる友達。
そんなやり取りを見るのに楽しみを見出し始める私。笑
寿司は十貫以上あったかな、あら汁も付いていて美味しかった。

食後一息つくと、デザートが出てきた。
そのタイミングで、寿司ネタを簡単に説明する以外は黙っていた大将がついに口を開く。
バイクで来られたんですか?
意外と普通の質問から始まった…。笑
その後は大将はアメリカンバイクではなく、フォルクスワーゲンの古い型に乗っているという話、天草でイベントがあるという話を教えてくださり、たまにしか見せない笑顔の素敵な旦那だった。
食べ終えて、テイクアウトコーナーにたこ焼きが並んでいるのを見ると
「それ、いなり寿司ですよ」
我々が驚くと、大将はニヤリとしながら「そういう風に作ったら、面白いかなと思ったので作りました」と仰った。
アブナイ見た目とは裏腹に、なんと愛すべき人ではないか。
友達もその頃には店の雰囲気にも慣れたのか、ポストカードを見て可愛いなどと言っていた。笑

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お寿司屋さん 海月

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一軒家の瓦屋根から見える教会の頭。
この集落を象徴する存在。
かつて隠れキリシタンが潜伏していたという崎津。
港町のゆっくりした空気に、古来より外国の風が混じっている。


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天草は広い、広い!
海岸線を駆け抜けること200キロ近く!

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天草では、陶石採掘も盛んだそう。

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熊本市内では、安宿が飽和状態と見える。
電話した先がほぼ満室だった。
そんな中、染物屋が宿泊施設も経営しているという場所を抑える事ができた。

商店街で熊本料理に舌鼓をうつ。
凝り固まった身体をほぐすべく風呂にゆっくり浸かりたかったので、熊本市内で2番目に古いという銭湯へ。
番台で男湯と女湯が分かれている、ちびまる子ちゃんに登場しそうなやつ。
初めて利用した。
イスに座って乾かすタイプのドライヤーやら年季の入った機械が沢山あって感動モノだった。
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by aroundjapan | 2016-04-26 22:58 | 2016 九州半周編 | Comments(0)  

福岡プチツー編 嘉瀬川ダム

幼なじみと共にプチツーリング。

今回は目的地の選択肢が4か所あったので、趣向を変えて山に行ってみた。
ほったて小屋みたいなカフェは、学生の頃見つけたものだったが未だ健在だった。

カートの走るのを見ながら厚揚げ豆腐を頂く。
幼稚園の頃からお互いを見ている私たちの話題は尽きない。
普段は離れているけど家族のように近く感じる。

ダム周りの道が快適。
バニラソフトが日差しに溶け始め、指を伝うクリーム。
そんなことより会話に忙しい。
バイク乗りと結婚した友達は、日常がバイク漬けの様子。

朝、山の上などはもうすぐ5月を迎える九州とはいえ肌寒い。
午後下界に降り立った私は汗だくで、着ていた革ジャンとパーカーを脱ぎ去り、一般人と化した。
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by aroundjapan | 2016-04-24 16:30 | 2016 九州半周編 | Comments(0)  

九州半周編2/4 吹上浜

2016/4/9(土)

同じ日に宿に泊まっていた、Iさんと連絡先を交換した。
彼とは偶然にも同郷・同業だったため、話が合った。
業界的には私の先輩ではあったが、仕事をやめかかっている私からすると、現在の私にとってすでに仕事は前職であり、前職と言うのはプロをかじった趣味のような位置付けになってしまう。
だから前職の話をしていると、趣味の話をしているような気分になってしまう。

彼は薩摩富士と言われる開聞岳に登るそう。
その山見たさに走ってきた長崎鼻。
数十年前に観光地化されたのだろう。昭和の風情が漂う。

8時過ぎに着いたので本来有料である駐車場の受付にはあたりには誰も居ない。
朝の空気と土産物屋の光景が不似合いではあったが、どこか懐かしい感覚に陥る。
駐車場所を物色している私に、開店のためシャッターを開けたばかりのおじさんが鹿児島弁で手招きしてくれた。
「ここにオートバイいれとき!みちょくけん」
と言い、彼は大きく手を上げ誘導してくれた。

おじさんは
「何かほしいもんあったらウチで買い物してくれたらいい」
と言い、にこやかに送ってくれた。
岬のほうへ約100mほど。歩いていくとやかましい中国人ツアー客に追い越された。
あまりにも団体で岬へ向かう。先手を打たれたので、すぐ脇の階段に腰を下ろし正面に薩摩富士を眺めることとする。

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長崎鼻から眺めた開聞岳

曇り空を掻き分けて現れたそれは水墨画のようだった。
いわれのごとく、まるで富士山の格好をしている。
両親に写真を送る。
「いまここだよ」と送ると、母からは
「おはよう。桜島ね」と返信が来た。
違うけど、そこから見たら似たようなものだね。

開放感に、しばらく海と山と空を交互に眺めていると、足元の直ぐ下まで小さく波打っていた。


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R226のどこか 南九州を代表するような景色


この辺りで未踏の地には指宿の隣町(というには少し遠いか)頴娃町を越えて、枕崎がある。
枕崎と言えば、港町。カツオ漁が有名だ。
カツオラーメンなるものがあるので食べてみたかったが、開店時間まで一時間以上。
私の脳内スケジュール帳と相容れないので今回はやめておく。
次回開聞岳登山とともに再チャレンジだ。
山道具を担いで、九州新幹線に乗ってみよう。
駅舎を新築してしまった日本最南端の枕崎駅は、無機質でどこと無く興ざめだった。

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「そんなの知らないヨー!」とばかりに、カツオがすいすい。



さて、次に目指すのが今日の最たる目的地、鹿児島県薩摩半島は西部に広がる吹上浜。
地図で見るととても美しい弓形を描いている。
”いちき串木野市・日置市・南さつま市”の3市にまたがるという日本三大砂丘の一つ。

なぜここに来たかったのかというと、私の父が会社員時代働いていた場所だというからだ。
42年ほど前、彼はこのあたりを拠点に生活していたと言う。
そんな話を聞くと、名も知らなかった町がぐっと身近に感じる。
とは言うもののどこが正確な場所かわからない。
すでに平成の大合併以降世代の我々は、旧史の町名など注意深く探さないと存在も知りえないのである。
特に南部九州の合併はひどい。
平気で5や10や15の町が一つの市へ転換されている。

話は逸れたが、とりあえず吹上と名のつく県立吹上浜海浜公園へやってきた。
100ha以上ある巨大な公園だが、春を通り越しつつある陽気が園内に立ち込めている。
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予想外のツツジの狂乱に目が眩む



ここは南九州、4月初旬とは思えない日差しに否応なく革ジャンを脱いだ。
赤白ピンクとツツジがこれ見よがしに咲き乱れる園内から、海を見渡せる場所を探すべく一人エンジニアブーツで歩いた。
レンタサイクルもやってるらしい。
果てが見えない程長い道が園内を突っ切っている。
サンセットブリッジなんて洒落たものもあるが、どうやら二輪では行く事が出来ないようだ。


その道を渡ったところに、海まで↑ とある看板があり、背後の松林の向こうに砂浜が広がっていることが予想された。
松林は鬱蒼と広がり、たまに鳥の声が聞こえるだけで、人の気配がない上にそうでないモノの気配を感じた気がした。
よく見ると足元には、松林からつい最近落ちてきたであろう真っ黒な毛虫が散乱していた。
私は冷や汗をかいた。
今こうしている間にもコイツラは私の頭に背中に落ちているかもしれない。
私は踵を返し、変に刺激を与えないよう、また足元の仲間たちを踏みつけてしまわないよう息を殺して素早く歩いていった。

海を見るのはとうとう諦めた。

再び1時間ほど走っていると、青看板に吹上温泉右折と書かれていた。
阿呆のごとく条件反射でウインカーを出して、温泉の前に居た。

温泉と言ってももう50年ほど前からある施設が大半を占めている。
そのためか、立ち寄り湯の料金が最も安いと思われる公衆浴場に関しては、つい数日前である3月末に営業をやめていた。
とても惜しい。

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無念・・・。


その代わり、もみじ温泉という由緒正しき門構え・・といった趣の施設が営業していた。
聞くと100年以上の歴史だそうで、湯質も肌がすべすべとする気持ちの良い風呂だった。
料金も安く、ぜひとも続いて欲しい風呂屋さんだ。
脱衣室で薩摩弁をしゃべるおばあさんに話しかけられた。
一瞬何と言っているか全くわからず、異国の言葉とも思われたがどうにか意図するところがわかったので、受け答えは出来た。
洗い場でも丁寧に湯の出し方などを教示してくれた。
薩摩弁は、そもそも江戸時代に薩摩藩が他藩に諜報を許すまいと独自に開発したものだなんて話もあるけれど、なるほど納得これは同じ九州生まれの私にも難しいと思った。

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14時近くなった頃、やっと地場のものを手に入れ昼食にありついた。
一人でバイクに乗っていると、日中は先へ進もうとばかり考えてしまい(というか何も考えていないと言う説も)昼食は特に食べそびれてしまう。
前日もロクに何も食べていないのだ。
このソデイカ握りは美味しかった。ソデイカってどんなイカかと調べたら、巨大で割りと気味が悪いものだった。
こういう類のものを調べるときは、完全に消化を終えてから調べたほうが良い。
それと私は元来油物には弱いが、サクッとしてない方の画像の天ぷらは大好物である。
港の近くの市場とか、サービスエリアで見つけるタイプの天ぷら。

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阿久根市長島町にて 杉100%のゴジラ

黙々と走り続け、R389の橋を渡り阿久根市長島町に入った。
橋を渡ったとたんに島風情が広がっていたが、島の入り口付近は不思議と交通量が多かった。
時間的に天草まで渡ることができそうだったので、長島町と橋で繋がっている諸浦島の北部に位置する諸浦港16:35のフェリーに乗ろうと決めた。
長島町という町は本当に不思議で、見たところ町役場や道路整備に多額の市税が投入されているようだったが歩行者は誰一人として見かけない。それどころか島を進むほど、車ともほとんどすれ違わなくなった。
どこぞの議員の力を感じる・・
諸浦港に着くころには、不安になるほど車両を見かけなくなった。
だが小さな看板に従って標高を下った先にはちゃんとフェリー乗り場があった。
時刻は16:00間に合ったが、予想通り周囲には売店など時間のつぶせそうな施設はない。
車両の列に滑り込んだ私を見て、地元のおじさんが「今日は暑か!」と話しかけてきた。
すると続けて誘導棒を持った係員の男性が近づく。申し訳なさそうな顔で彼はこう言った。
「もしかして天草に行こうとしてます?土曜日は14時台で終わりなんですよね・・」
!! 
その言葉を聞いた私は青ざめた。今日は天草に泊まるつもりだ。
陸続きで水俣・八代と回るか?いいや、無理だ。陽は傾いてきている。途方もない移動距離に目がくらむ・・
頭の中に浮かべたぼんやりとしか記憶していない、熊本から切り離されたような天草の島々が浮かんだ。
「蔵之元港のフェリーなら間に合うかもしれません。」
再び男性の声がして現実に引き戻された。
なるほどそっちのフェリーがあった!早速ケータイで検索してみるも、移動時間に驚く。
現在16:05 フェリー発16:40 所要時間31分 出発時刻より早くに着いていないと乗れないだろう。
果たして間に合うのか!?
「ありがとうございます!」
考えるより先にギアを入れていた。
焦る。
焦る。
この辺りには宿はまったくと言っていいほど存在しない。
道を間違えてはいけない。手に汗を握る。
中学生の頃、100m走で自分の体の四肢よりも心臓が先を進んでいるような感覚になったが人馬一体、事故をしてはいけない。
誰も見えないのにキンキラキンの町役場を右折して不安になるほど進み行けば港があった。
間に合った!
私は港に着いた瞬間、船より早く天草に到達した。
というわけで無事天草の地を踏むことはできたが、今度は宿が決まっていなかった。
ここはあらゆる施設が少ない。安宿も例外ではなかった。
港に観光案内所が併設されていたが、係の女性に尋ねたところ予感的中。
予算は3000円以内。海外と比較すると、日本にはこの幅の宿が少なすぎる。
人件費を考慮すればそれは当たり前のことかもしれないが、ケータイで再び検索。
夕食をとる場所も少ない。あまりの情報不足に、せっかく天草に渡ったが何も食べずに熊本市内まで走ることも考え始めた。
するととあるバックパッカーズホステルに電話してみると予約が取れた。
受付してくれた女性は親切に対応してくれてしかも声が可愛いので、わくわくした気分になった。
目的地の一つである崎津集落にも通りがかり、指宿から走り続けてやっとたどり着いた天草の地。
夕暮れの中、ようやく胸は高鳴りはじめた。
ところが夕食を摂ろうとした人気のチャンポン店は18:00閉店のはずが、やっと店の前に着いた17:45時点に店の暖簾は既にすりガラスの向こうに仕舞われていた。
落胆した。
通りには住民と思われる人々が数人歩いていた。軒先には夕飯の匂いが漂っている。
暖簾は仕舞われた。住民は夕飯の仕度がされている家に帰っている。
二気筒の排気音をボコボコと鳴らしている自分はなんだかその光景に似つかわしくないように思われ、いたたまれなくなった。
仕方なく宿のある場所を通り過ぎ、苓北町まで行くことに。
スーパーで買い物をして店を出ると、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。

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天草R389鬼海ヶ浦付近のトンネル
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晴れていたら絶景であろう夕陽



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by aroundjapan | 2016-04-23 20:38 | 2016 九州半周編 | Comments(0)  

九州半周編1/4 宮崎県を出る

2016/4/8(金)

この日からバイクに乗ろうと決めていた。
旅は3、4日
最終目的地は地元の福岡。

有給休暇の取得を始めてはや一週間が経っていた。
家の中の自分のものを整理し過去と向き合い続けるのには、もううんざりしていた頃だった。

この日はあいにくの雨だった。

だが決めていたことなので遂行することとした。

通る道も決めていた。

だがどこに行くかは大体しか決めていなかった。
と言っても初日なので宿だけは前日に押さえていた。
そこまで着けない時はまたそのとき考えよう。

宿舎を出た頃には雨が降り始めていた。
カッパを着込み、チョークを開いて暖気を完了。山の中へ突っ込んでいく。
車を運転するのは毎日のことだが、バイクにまたがる事からは2ヶ月ほど離れていた気がした。
いつもより少しだけ緊張し、グリップを握る。
路面は濡れている。しとしと降り続く雨に染まり、自分の身体も路面の温度と湿度に近づいて一体化していくようだ。

遠くには標高はそれほどないが山と山が連なり、濃い霧が立ち込め、雲の上にいるようなダイナミックな気分が味わえた。
途中で道端にサルが死んでいた。
職場の近くでもサルは見ていたが、はねられて死んでいるのを見たのは初めて。
しかも目を見開いていて、この世にすがり付いているようにも思えた。成仏できますように。
このあたりにはキジも出現する。
20数年、九州で暮らしていたがキジを見たのは宮崎に来てからだ。
同じ九州とはいえ、知らぬ土地で生活すると見聞が広まる。
福岡などの北部と、鹿児島宮崎の南部では気候も言葉も全く違う。

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小一時間ほど走ると、日南市の市街地へ抜け、海辺の港町へと導かれた。
ここには車でよく来ていたので、以前にも来たことがあるスーパーにて遅めの朝食を調達した。
甘辛く煮た日南とりをほおばる。
山間部を抜けて体温が下がり腹も減っていたため、少し自分の身体が活発に機能し始めるのを感じた。

予想していたとおりに事が運んだので、余裕が出て以前行ったことのあるカフェを目指した。
再び山間部の国道で、さつまいも畑やサトイモ畑を駆け抜けるうちに串間へ出た。
カフェは寿司屋の向かいだ。まだシャッターを開けたばかりのモヒカン頭の店主に、バイクを見せよう。
カフェの店主も私と同じ福岡の出身なので話しに花が咲いた。
宮崎には移住してきている人も多くいる。
そして大体そういった人たちがこのようなおしゃれなカフェをやっているのだ。
自分には親類や友達のいない土地で、ゼロから商売始める根性はないから尊敬する。
神戸から越してきたお客さんも加わって、一時間以上居ただろうか。
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出発し、フェリーの港を目指す。
ここも前回ツーリングできていた場所だった。
鹿児島県南大隅、ここがまたイイ感じの道路が広がっている。
前にも後ろにも誰も居ない。
たまに追い越す赤い車はトラクター。

左に進めば内之浦ロケットセンターだが、今日は港へ一直線。
フェリーには滑り込みと思われたので、車室にバイクを停め、乗船チケットを買いに走って受付へ行くと、待っていたおばちゃんが「そんなに急がんでもいいよ~」と言ってくれてホッとした。
ろくに昼食を摂っていなかったので腹が減った。
リュックに入っていたジャイアントカプリコをかじったが、チョコレートなんて空腹時にはあまり効果がなかった。
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この船に甲板はないので、通路に設置されたベンチで記念すべき初日の昼食を撮影していたところ、隣の老夫婦に怪訝な眼で見られた気がしたので、食べ終えて大人しく室内に戻った。
もっと炭水化物の塊みたいなものを食べたかったが、30分程度の航行では売店もそういうものを提供する気はなさそうだ。
諦めて仮眠することにしたが、テレビの音がうるさくてあまり寝た気がしなかった。

着いた港には水産加工物みたいな匂いが立ち込めていた。
鰹をいぶす液体の匂いだろうか。
半島から半島へ移動したが、ここは鹿児島県のままだった。
こっちの半島にはずっと昔に来たことがあったが、右も左もわからないのでマップを繰り地図を暗記しようとした。
宮崎県でえらそうなツラしてやがる(?)国道269号線の起点がすぐそばにあると知ったので行ってみたが、起点の印も何にもなく特に感動のない起点だった。
気を取り直して指宿の中心地を目指した。
アーケードっぽい道路を通り過ぎると、私の記憶にある指宿よりずいぶんと寂れている気がした。
宿の前と思われる場所に着くと、ソープランド秘宴という大きな看板が目に入った。
一瞬ビビったが、すぐに宿を見つけ、バイクを停めるとオーナーが出てきた。
第一印象で気難しい人だと思った。
安宿のオーナーはこういうタイプが多い。
私が今年8年目を迎えるバイク人生でライダーハウスを敬遠してきた理由がこれだ。
しかし職を失う私に、背に腹は換えられない。
安さに免じて多少のことは我慢するのだ。
思惑通り、その日の布団はフカフカで暖かく快眠できた。

逆らうとめんどくさそうなので、オーナーの意向に従いバイクは停めて徒歩で観光することにした。
港で座り込み海を眺め、住宅の間にポツリと営業しているお菓子屋さんで購入したシュークリームをほおばった。
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2時間ほどうろつくと、日も沈み、流石に疲れてきたので最近開業したと思われるお風呂屋さんに入った。
立ち寄り湯300円で露天も付いていた。
露天の先客の女性と話していると、娘が私の地元の隣町に住んでいるということだった。
意外と世間は狭い。
思ったとおり、店は開業したばかりで屋号の入ったボールペンをくれた。

夕食は(さっき職を失うとか言った割りに)お酒を飲める料理屋さんでいただいた。
実はご飯は近くの弁当屋で買うといいなんて勧められていたのだが、ろくに昼食も摂れていない今の自分にとって食事は重要な観光資源だった。それはないだろう。
自身は酒は一滴も飲まないのだが、こういうところには美味しいご飯もあると言うもの。
少し贅沢をしてお魚とご飯で定食のようにして食べた。
先付けのほうれん草のおひたしも出汁が非常に美味しく、トビウオのすり身揚げは口に含んだ瞬間唾液があふれてきた。
ブリのカマは酒飲みに合わせたのだろうか、やけに塩辛かった。
仕方がないのでご飯を注文した。料理が美味しいので、朝食に食べるおにぎりも購入した。
梅とシラスのおにぎりを食べていたら、宿のオーナーにやけにじろじろ見られた。
宿泊客の愚痴なんていっている暇があるなら、その町にある楽しいことをどんどん教えて欲しいものだ。





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by aroundjapan | 2016-04-22 23:54 | 2016 九州半周編 | Comments(0)