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群馬の絶メシ巡礼

平成31年4月30日 火曜日

その朝、ネットカフェで目覚めた私は、平成から令和に変わる改元特集番組に見入ってしまっていた。
平成が進むほどに、少しずつ大きくなり自我を持ち始めた幼い自分を重ねながら。
平成の出来事は、私の人生に起きたことと全く一致していた。
この時代が終わる事は、自分の中で大きな節目だった。

外に出ると雨はすっかり上がっていて、路面はすでに乾き始めていた。
ヘルメットのベルトを締め、グローブを付けたらセルを回す。
平成最後の日にも、バイクに乗っているなんて自分らしいやとギヤを入れサイドスタンドを跳ねる私の口角は上がっている。
11時に出発。
浅間サンラインへ出ようとすると迷って10分ほどロスをした。
ナビを使わないと右も左もわからない自分に激しくショックを受けた。
以前はこうではなかったのに・・。

気を取り直して住吉の交差点より浅間サンライン→東御市→R18→中軽井沢方面へと進んだが、連休のため圧倒的な渋滞でうんざり。
霧雨に濡れていくシールドはまるで私の心模様だ。
突然焦げたような匂いが漂うのでハッと顔を上げると、土地柄の、薪を売る店のようだった。
浅野屋でパンを食べたいなと横目に見ながら空腹をなでさする。
軽井沢を散策するのは諦めて高速に乗ろうとするも、雨脚が強まり前方は目を疑うほど霧が濃い。
まるでいつかの知床横断道路だ。あのときはあまりの悪天候にD君が愉快そうに声を上げて笑っていたっけ、と思い出しながらゆっくり50キロぐらいで転ばぬよう祈りながらインターチェンジへの道を下った。
意識したことがなかったが、街を出るとかなり高低差のある地域らしい。
お先にどうぞ運転で後続車に道を譲り碓氷軽井沢ICから乗る。
シールドが曇って全く見えないからと言って、シールドを開けて走ると顔に塗った日焼け止めが目に流れ入って痛い。
痛みに耐えかねて横川SAの二輪駐車場の庇の下へ逃げ込む。
すぐにヘルメットを脱ぎ、シールドと風防に持参した曇止めと撥水スプレーを塗布する。
髪の毛先も濡れていたが、構ってはいられない。
後から思えば横川で釜飯だとか昼食を食べるべきだった。
だがそんなヤワで軟派な気分は、すっかり雨に溶けて吹き飛ばされていた。
落ち着いて考えると生きる為に必要な、ごく当たり前のことでさえ、正気を保つ為にいつも以上に激しく突っぱねてしまう。
水を弾くシールドの中で、とにかく走る。そういった運命を与えられた生き物のように。瞳は目の前の道だけを捕らえる。

平地に降りると霧が晴れ、空の雲が割れた。
高崎を通過してしまう気がしたので、訳も分からず上里SAというところで出る事にした。
雨が止んだので多少の道迷いぐらい余裕だ。
遊園地の子供向けジェットコースターの様な高度から下りていくと、インターチェンジのスロープの先は田んぼで埋め尽くされていた。
辺りの看板から察するに現在地は埼玉県だった。
聞いたことのある、でもどこに位置するのか知らない地名が看板に表示されていた。地理がわからず混乱する。
あとで地図を見ると、群馬県の高速道路は予想していたものとは全く違う軌道を描いていた。
さらに国道も予想とは違う方向に伸びていた。
近くに、以前訪れた伊勢崎市の自販機食堂があるようだが走れども一向に着く気配がない。
ましてや記憶違いの地図ではスムーズに着かなくて当然だ。

自動車の混雑を抜けて、ナビを入れるとどうにか到着する。文明の利器には太刀打ちできない。
雨はやんだが薄曇をたたえる空は冷たかった。数時間ぶりに二本足で立つと、手と足先が濡れて体温が低い。
店内には意外と客が多い。家族連れやカップルなど、今私の関わりたくない種類の群衆だった。
前に来たときは誰もいなかったし、居ても一人客だったから本当に意外に思えた。
ミートソースとタルタルのハンバーガーを食べる。300円。
具材が子供騙しの感じにしては高くないか。

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一番期待していたオリジナルのハコめしが売切れで落胆

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懐かしゲーム筐体が増殖していた

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海外製PCグッズが高額で売られていて疑問だったが、運営用の募金のようなものらしい

ひとまず体温を回復しよう。店内を見物し、ノートに過去の自分の書き込みを見つける。
2017年秋 もう一年半も前。2度も来るとすごく身近に感じる。飽きてさえ、来る。
私の中の自販機熱はどうやら落ち着いたらしい。
肝心の商品がそこまで美味しくないのも飽きる理由だ。きっと過去の日本人の大半が私のような感覚で自販機からコンビニへ流れていったのだろう。
店内にはグッズの販売もあり、製作費の関係とわかってはいるがキーホルダー一つ千円と高い。
あれこれ不満が漏出するのは熱が冷めた証拠だ。
坊主憎けりゃなんとやら。

あれ以来雨は上がっていたが今日は風呂に浸かりテレビを見ながら寝たい。
高崎の宿を予約する。駅周辺は二輪駐車に厳しそうな気配があるが、バイクは400円で宿に停められるらしい。
日が暮れるまでまだ時間はある。

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今度は今回初めての「絶メシ」巡りをする。
高崎市の自治体として取り組んでいる絶メシ。
ハマってしまい会社の隙間時間にホームページを熟読していた。私の心にホームランだ。(野球のルールも知らないのに使うもんじゃない)
高崎市新町にある三山製菓という甘味処、いわゆるお団子屋さん。
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団子70円、あんドーナツ100円、の安価な設定に加え、駄菓子も備えた店内。
甘いのでお茶も購入し一息ついた。
近所の子供たちの憩いの場となっているのだろう、私が団子を頂いている間にも小学生が買いに来ていた。
ご主人が言うことには、ここ新町には鐘ヶ先紡績つまりカネボウの工場があり富岡製糸場の次に大きかったそうだ。見学はできないとか。
奥さんは出てこられなかったが、話好きなご主人だった。


高崎中心部を目指す経路の途中にあった自販機の店、オレンジハットを訪ねた。
前回の茂呂店とは別の店舗だ。バイクを止めると年配の男性に声をかけられて今回の旅程の説明。
その隣に先程の男性と比べると若い男性がいて話すとなんと、お馴染み友人A!の父親。
Aママもいてお話。すっかりテンションの上がったママが電話し、自宅にいるAと話す。驚いたがAは相変わらずの調子で、そのまま別れた。Aの父とは、Aの式で顔を合わせたはずだが、お互いその一度きりで顔を覚えてなかったらしい。
店内に入り夏辛トーストを食べる。耳が固く、凄く普通。これが220円とはバカらしくなってくる。

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管理人が出てきたので管理人室?

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夏辛トーストの意味はマスタード これまた子供騙しか

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座って食べるテーブルがあるのは良い

管理人の男性は機械の故障などを見張っていて、私がトーストボタンを押して加熱時間を過ぎてもトーストが降りてこないのを見るや、すかさず駆けつけて自販機の鉄蓋を開けて引っかかっていたものを再加熱して出してくれた。
自販機の意味があるのか・・。
というか両替から一部始終見られていた(見張られていたor見守られていた?)と思うと少し怖い気がした。
しかしスロットマシンの当たりか不調か、-興味がないので見ていないが-男性が何人も群がっている中に管理人も一緒になって見ていたのが意外で面白かった。
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不器用そうだが、きっといい人に違いない
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店の前で。A両親に会ったのは実はAの兄弟がこちらに出てきているからだった。

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高崎のきゃらばん

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わくわく


そのあと、ここだけは外せなかったきゃらばん。店内いい雰囲気。
微妙な時間だったが、宿もすぐそこなので夕食もとってしまおうとポテトグラタンセット1080円。
パン2つとサラダ、コーヒー、食後のフルーツもあって安い。
注文を取りに来た奥さんが左手首に湿布をしているので話しかけたら腱鞘炎とのこと。
内装の雰囲気も良く、味もしっかりしていて素晴らしいと伝えると「私はただの皿洗いのおばあさんですから。」と言う奥さん。
「群馬から出たことがない。九州は行ったことがないわ。娘が三人。皆飲食とは関係のないお仕事。誰も継がないんじゃないかなぁ。自分たちで始めた事だからね。別にいいのよ、絶メシだしね。」
そんな事言わないでくださいよ…。素敵な奥さんだな。また来たい。というか会いに来たい。そんな店。
ちなみに絶メシインタビューではご主人が殆ど喋っているが、私の在席中ずっと豆の焙煎をされていたのでご挨拶だけ交わした。

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宿にバイクを止めてチェックイン。
清潔な室内に気持ちのよさそうなベッド。あまりにも気分が上がり、部屋で怠惰に過ごしていると21時頃になっていた。
バイクに戻って忘れ物を取り、その足でホテルの部屋着の上にカッパ、サンダルという出立ちで目と鼻の先にある高崎駅へ。
土産物屋も閉まっており、おそらく連休も関係なく仕事の方々が帰宅中だったため、そこに登場した流れ者の私が非常に場違いだったのは即座に悟った。
併設する家電量販店の照明のおかげで明るい。もっと勢いのある街かと思ったが少し買い被りすぎていたようだ。
でもこれでいい。何度も来ているからいわなくてもわかると思うが、群馬は面白い。
ホテルに戻り、風呂から上がった私は、付けっぱなしのテレビ画面越しに平成から令和への改元の瞬間を、ぼんやりと眺めていた。


上田→浅間サンライン→軽井沢(通過)→碓氷軽井沢 高速移動 上里→伊勢崎 自販機食堂→高崎 三山製菓→オレンジハット新町店→きゃらばん→宿


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# by aroundjapan | 2019-06-16 22:28 | 2019 バイク旅 | Comments(0)  

酷道148号

3日目の朝。晴れ、空には雲あり。風はない。
本日も晴天ナリ。そして今日も長丁場になるため早めに出発した。

まずは能登半島といえば、ここを走らなければ!
体は自ずと海の方へ。のと里山海道を走る。
走り出して間もなく、日差しのためか・興奮の熱が高まっていくためなのか防寒着が暑くなり、早朝から営業している道の駅高松に立ち寄ることにした。
かなり早い時間だったので営業していないかと思ったが、意外にも開店中の店内を覗いてみた。
土産物や手芸品が豊富にある。
連休はお土産を発送していないということで嵩張らないものだけ購入することにした。
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この道の駅、日本海を見下ろしてキャンプすることができるらしい。
こちらに泊まればよかったかと思考するも、寒くて室内に逃げ込んだ昨夜の私だった。
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日本一周以来、二度目の千里浜も快晴

千里浜なぎさドライブウェイに到着。連休の晴天日のため朝8時台より大変な賑わいで、近くにいた家族連れに写真を撮ってもらう。
松本ナンバーのライダー男性に話しかけられ、長野の情報をもらう。
「寄り道ばかりで予定通りにいきませんね」と私が言うと、彼は「寄り道しないと面白くない。だから寄り道していいんですよ」と言った。

ここまで順調に走ってきていたが、砂浜から退場するときに締まっていない部分を踏んで転びかけた。
羽咋(はくい)から氷見(ひみ)へR159からR415へと入る。
この道路は初めて走る。
山間部のためか滑り止めのグルーピング舗装が多くて走りにくい。
というかタイヤの細い二輪はこの縦溝が余計に滑りやすくなる。
事故多発と看板に何遍も書くなら車路上のマンホールは避けて、カラー舗装とグルーピング舗装はするな!と署名活動をしたい程、これらの舗装が大嫌いだ。

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ハットリ君。”にんにん”だワン~。

今回初めて立ち寄った道の駅ひみ。
意外にもかなり大きな施設で、町中の土産物屋が全てここに集まってしまったのかと思うほど店も品物も客も凝縮されていた。
ここで家に土産を買うことにする。ブリや干物を、クール便の宅配箱に閉まりきらなくなるほど追加して詰めてもらった。
到着は意外にも早く、明日届くらしい。
漁火ロードからR415を通り、雨晴キャンプ場へ立ち寄る。
閑散期かと思いきや、夏休みのように客が集っている。
どうにもギュウ詰めのキャンプ場は苦手だ。すぐ隣に見知らぬ人々と詰め込まれて、一体何の罰ゲームかと問いたくなる。
ところでここからの景色は抜群で、富山湾越しに立山が大きく見えた!
昨日生まれて初めて雪の被った白山連峰を見た私は、まだその光景に対して免疫が付いていない。まるで合成写真のような景色だ。

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空の色とのバランスでくっきりお見せできないのが残念

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その後は富山の市街地にある純喫茶ツタヤへ立ち寄った。
本当はモーニングに来るつもりだったが、朝から寄り道が多く予定が滞った。
モーニングとランチの隙間時間に入店してしまい、軽食しかないとのこと。
仕方なくピザトーストを注文すると、これがなかなか良いお味。
コーヒーは大正時代の創業当時より初代店主の単身留学したインドネシア仕込み。
大正時代にインドネシアとは、また偉い所に行ったもんだなと創業者の無謀さに感心。
そういえば店内の置物はインドネシア系だ。まるでどこかのネットカフェのようだ。。
コーヒーは焦げっぽい香りに少しばかりのフルーティさがあり、「これがインドネシアの味ですか」と言うと、店主の妻なのか何なのか若い女性が「そういうわけではない」という旨の内容を言っていた。これほどにインドネシア感を醸し出しているのに何故・・。

先へ進みたい気持ちがあるが、国道を走ってばかりいて気が付けば休みが終わるなんてことがあったら馬鹿馬鹿しい。
それなら家で寝続ける方が日焼けもしないし、幾分健康的だ。
千里浜で出会った男性の言っていたことを思い出し、たった今からは適度に寄り道をすることに決めた。

続いてもう一つ行きたいところへ立ち寄った。廣貫堂資料館だ。
わかりやすく言うなら企業ミュージアムの一種で、無料で見学できる施設。
その証拠に「何県から来た」と書くと、廣貫堂の製造している栄養ドリンクを貰える。
富山の薬売りの歴史について学べる施設だ。「富山の薬売り」という言葉を初めて聞いたのは小学生の頃だったと思うが、その時からこのように深く学べる機会を欲していた。
まさか資料館があるとは。調べてみるものだな。

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こんな格好で薬を背負って歩いていた方を配置員と呼ぶ。ご苦労様です。

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昔からの常備薬

江戸時代に殿様の腹痛を救ったのが富山の反魂丹という薬で、以降藩を挙げて売薬事業を開拓していったそう。
なんでも先用後利のビジネスモデルを定着させたのも富山の薬売りで、薬箱は私の家にも置いてある。
祖母が明治生まれだからだろうが、小さい頃に熊膽圓や赤玉はら薬、六神丸など、何だこの変なパッケージはと思いながらいくつも見たことがあった。(実際に帰宅して実家の薬箱を覗いてみると”越中富山の反魂丹”が鎮座していた。)
「用を先にし利を後にし、医療の仁恵に浴せざる寒村僻地にまで広く救療の志を貫通せよ」という時の富山藩主が唱えた訓示から社名をとったらしく、一つの会社というよりは富山が全国に存在を知らしめた売薬事業に関する歴史を学ぶことができた。
ところで当時の薬はガマの油、ではないけれど麝香鹿の香嚢や熊胆から作られていたそうで、西洋医学の抗生物質に慣れている世代から見るとそれはまるで魔女が薬草から作る薬のようだ。
薬売りの歴史は理解したので、次は東洋医学から西洋医学に取って代わった医学教育現場の在り方とか、廣貫堂の薬剤開発部門では過去の傑作をどういう取り扱いをしているのかを知りたくなった。
いつかもう一つある薬の資料館にも行ってみよう。

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バイパスを走っていると普通に立山連峰が目の前に。
富山っ子はこれを見慣れているんだろうな。
視覚で圧倒されているのかもしれないが、常に冷凍庫を開けっ放しにしているかのような冷気が漂っている。
前方~右手に視線をやる度に予想より大きな山がそこにあるので、いちいち感嘆の声をあげながら先へ進んだ。
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魚津市でとある観光スポットに立ち寄ってみた

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観光ガイドらしきおじさんの隣にてアルモノの出現を待つ

昼過ぎに富山名物の蜃気楼(しんきろう)観測地に到着した。
この季節特有のものだそうで、富山を走るなら立ち寄ろうと決めていた。
想像していたより多くの観客に驚いたが、バイクを止めて、近くにいた観光ガイドのおじさんに教えられ、出現を待ち13時半まで待つことに。
暑いぐらいの日差しの中、ペットボトルのお茶を飲み干した私は「あれを見とるがや」「はや無いかいね」と北陸弁と思われる言葉に囲まれ、14時まで待ったがはっきりとしたものは見えず。
残念。今日は気象条件も良く、望遠鏡で玄人が見ると出現しているレベルだそうだが、出現する高度なども重ならないと素人が肉眼で確認することは難しいようだ。
おじさんがアルバムにしている蜃気楼を見せてもらったが、いずれもはっきりと景色が変わっていて、夕方まで現象が続くときは富山湾の向こうに沈む夕日と相まってそれは幻想的なものらしい。

ところでここでも振り返ると、水平線のモニュメントをはるかにしのぐ大迫力で立山が明瞭に見えていた。
そんな立山も魚津を出るといつしか見えなくなってしまった。
見覚えのある海岸や「ヒスイ」の大きな文字を横目に新潟県に入ると気温は下がり、道の駅市振で一枚重ねた。
そこからは切り立つ海岸線に、いくつも連続する洞門を潜り抜ける。
親不知の海岸は、アップダウンも多く狭い国道を人間も自転車も大きなトラックも走行するため、21世紀になった現在に至るまで一桁国道とは信じがたいほど閉鎖的で危険だ。
歩き旅の男性を追い抜き、グルーピング舗装に身体を強張らせながら一気に走り抜けたため、土木遺産のトンネル(以前来訪)のある親不知子不知を通過してしまった。
一息つこうと、以前は立ち寄らなかった親不知記念広場に到着。
そのあと先ほどの歩き旅の男性が到着すると、荷物を下ろし自然と話し始めた。
鹿児島県南部出身の人で、大学から関東に出てきて今は引退後なのだろう、各地で歩き旅を分割しながらしているらしい。
「車やバイクじゃ見えないし、自転車でも速すぎるから。歩いてるんだ。」と言う。
バイクじゃ速すぎる・・胸の痛い言葉だった。確かにそうだ。一日に何県も跨いで、何が楽しい。何がわかる。
「福岡ナンバーって見てうれしくなったんだ!」と満面の笑みを見せた。
彼はさらにこう言う。「九州の人はどうしてこう仲間意識が強いんだろうね!」
私も20代の頃は関東に出ていたから彼の言う意味はよく分かった。
本州に渡ってきてからまだ一度も九州ナンバーの車を見ていない。
九州の人と会うと、家族や親戚と会ったような、ほっとするような気恥ずかしくなるような気分がする。

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親不知の眺め。命を落とした親子を想い建造された銅像が旅行く人を見守る

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ここがたまらない角度だと言って共感してくれる人は恐らく同じ業界の人

男性と手を振って別れた後は、以前と同じ行程。道の駅親不知ピアパークを訪れた。
前回はほぼ客がいなかったのに、5月の連休はオンシーズンと見えて親子連れが海水浴場の砂浜に大勢見える。
警備員が駐車誘導するほどの人出だった。
何かを食べたくてカニ汁を購入する列に並ぶが、気分が乗らなくてやめて走ることにした。
長野方面を目指すため、間もなくR148に折れる。
妙高山系と白馬に挟まれる、初めて走ったこの道がこの旅で忘れられない道だった。悪い意味でだ。
序盤で横に並んだ、今夜中に帰るつもりだという高崎ナンバーの旧車男性に話しかけられ、何となく背後から見守られながら、かなり寒い中、ウェットの路面・トンネル・グルーピング舗装で速度を落とし走った。
全然生きた心地がせず、呼吸も忘れるような緊張感だった。
もう二度と走るもんか、こんな道路よく作ったな!と泣きたいような何処にぶつけるべきかわからない苛立ちと恐怖に苛まれた。 
Googleマップで拡大するとわかるが白馬まで、その経路のほとんどがトンネルだ。
富山から長野を目指そうとするとこの道路を通らざるを得ない。昭和40年に国道指定され長野県民からは塩の道と呼ばれ、命の道路だったのだろう。
私にとってはいろんな意味で酷道だった。
寒気と眠気と空腹に耐えきれず、白馬の町が近づいたところでコンビニを発見。
高崎男性と手を振って別れ、同じペースで淡々と走り続ける暗黙のルールから解放されほっとした。
白馬山系を見ながら汁ものを食べて体力回復。
スノースポーツを一生趣味にしないであろう私が白馬を訪れることがあるなんて、と思った。

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白馬の路上から。すごい、としか出てこない。

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松本の男性ライダーにおすすめされた一本桜
次々とライダーが訪れ集落の人は迷惑してないか心配になる

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振り返ると広がる、山の麓ギリギリまで上がっていった先にある集落の方が気に入った

白馬から長野市中心部へ抜ける国道は地図で見る限りなかなか険しそうだったため、南側の県道を走ると決めていた。
日が暮れる前に抜けていたいと、ひたすらに走った。
山を走り県境を越えて、訪れたいと思っていたのは、グーギーズカフェ南長野店。
アパレルとダイナーが併設され、ネオンでイカした外観はまるでどこぞのカフェのよう。
ところが、なんと目的だったダイナーは3月で終了していた事が分かった。
10年近く前に雑誌で見かけて、長野県に行ったことのなかった私はいつか行ってみたいと憧れていた店だっただけに、無念。

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写真に収めて店を後にする。
南長野店と趣の異なる千曲店には以前伺ったのでリンク。

千曲の温泉を上がると雨がポツポツ降ってきた。

アプレシオイオンかほく→のと里山海道道の駅高松 R159→R415→漁火ロード→R415→雨晴キャンプ場→K62→K3→R148→K31→R19→Googie's Cafe→堤防道路→R18→竹林の湯→コンビニでサラダ買う→上田ネットカフェ
327km



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# by aroundjapan | 2019-06-09 22:48 | 2019 バイク旅 | Comments(6)  

国道8号線

おはようございます。
大阪南港に着岸する船の中で、1日目の朝を迎える。
4時半から起きて支度を完了した私は、お行儀よく車両甲板に降りる列に並んだ。
5時半の下船時刻後も長いこと待たされた。
いよいよ扉は開放され、乗る前に見ていたライダー姿の中高年男性についていけばバイクの場所だと思い、ついていくが階が違った。
どうやらバイクは4フロアに渡って駐車スペースがあった様子。
ほらね、やっぱりバイクの数が異様に多いんだ。
乗る前に乗務員も言っていたもの。
フェリーで駐車位置がわからなくなったのは、長いこと乗っていて初めてだった。

バイクの支度を整えてからもしばらく待たされた。
結局フェリーを降りたのは6時10分を回っていたと思う。
何はともあれ京都へ向かう。
大阪市内ではナビを入れていたが、相変わらず道路が全然わからないため迷いながら幹線に出る。
一方通行で何車線もあるような道路は九州には無いのではないか。これまで数える程しか見たことがないので走るたびにぎょっとする。
市外へ出てからは車も多かったせいか、大阪京都間は寄り道もしていないのになぜか3時間近くかかった。
以前も停めた先斗町バイク置き場から進々堂まで歩き、食べ始めたのは9時を回っていた。
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モーニングプレートのフライドエッグセット パンはパン・ド・ミにした

店内は客のほとんどが外国人。
一人革ジャンにエンジニアブーツの私は、完全に浮いていた。
これから走らねばならない距離を思い、コーヒーではなくホットミルクを選択した。
胃の粘膜にミルクの膜が出来る。
栄養バランスが整っていて満足だ。
9時半に改めて出発。高野川沿いをさかのぼり、道路はR367鯖街道になる。
車は流れている。街から次第に勾配を登っていく。水を得た魚の気分だ。
山々に囲まれ、大原三千院などを横目に見ながらどんどん北上した。
道の駅で休憩するが相変わらずライダーとのコミュニケーションが苦手で、避けてしまう。

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琵琶湖の近くで。桜がまだ満開

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メタセコイア並木


一瞬だけ琵琶湖が見え、見通しの良い道を進んで行くとマキノの有名なメタセコイヤ並木に入る。
突然反対車線に立っているライダーたちに手を振られ、訳が分からなかったが、私に振っていることに気づいたので返した。
関西のライダーが集う場所らしい。
その道は通り抜けることができた。R8へ出たかったのでK553からR161へ進む。
K553はいわゆる峠道で、上下車線のない道路にはさっきまでの賑わいが嘘のように私以外誰もいなかった。
R161からR8に変わると間もなく、海沿いの潮風ラインへ分岐地点に来た。
もうだんだん疲れてきて金沢へ立ち寄る目的があるので体力を温存したかった。
R8で割り切って進むことにした。河野の道の駅で休憩して福井へ一直線。

ソースカツ丼のヨーロッパ軒本店は一時間は待ちそうなほど並んでいたので即座に踵を返す。
進行方向にある丸岡分店で食べることにした。
20分ほどで丸岡の店についたものの、駐車場はいっぱいで、邪魔にならない位置に路上駐車。店の周囲には駄菓子のカツのようなソース臭が漂っていた。
こちらも数組待ち。10分か15分ぐらいで入れたが、年配の従業員の対応は良いものの、通された店内は狭く気ぜわしかった。
ソースカツ丼の小を注文したが、店外の匂いから想像した通りのものが来た。味は思ったより濃かった。
ご飯の上にそれがのっているのみ。あとは漬物。味噌汁もない。これは高い。
地元の家族連れが多く来ている印象だったが、他に外食するような店がないのかしら。。
やはり新潟のたれカツ丼を食べたいなぁ(垂涎…)と思いながら店を後にした。
バイクにもガソリンを満タンにし、再び金沢を目指す。

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ヨーロッパ軒小カツ丼¥830

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店の近くにぽてパリくん 実働していたなら。

実は金沢へは、某所で働いているK君に会いに来たのだ。
K君とは、3年前の秋田で知り合い、何度も行動を共にした旅仲間だ。
当時とまったく変わっていないが、業務電話をする顔はプロの顔つきだ。
忙しいところ抜け出してもらい5分ほど話をしたが全く物足りない。
差し入れを渡し、またゆっくり会いたいね。と言いながら見送られ、環状道路を走り抜けた。
雨晴海岸へ向かおうと思ったが、夕日がきれいに焼けそうな空だったので内灘の道の駅へ方向転換。
車を止めると白山から立山連峰まで真っ白の雪化粧が望めた。

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白山の雪景色に目を奪われる

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看板に描かれているのは白鳥、つまり飛来地だったのか。会いたい。

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海の近くは河北潟という干拓地のようで、田んぼの島のようになっている。
向こうへ抜ける道路が見当たらないし、あってもこのようにW650で進むのを躊躇うような畔道が続いている。
内灘へ来るのは3度目だが、周辺の地理を全く知らなかったことが分かった。

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道路脇には花の咲いている場所も。あちらに見える道の駅へ向かう

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内灘から見た白山連峰


珍しく道の駅が営業しているところへ遭遇したが、すぐに海岸へ降りてしまったため売店をよく見ることができなかった。
走行時の服装のまま、歩いて海辺へ降りてまた昇ってくるとひどく汗をかいた。
バイクに乗ってまた海岸へ降りてみるとちょうど夕日が沈みそうだ。

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橋の上から 日本海に夕日が沈みそう

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あっという間に沈んでしまった。名残惜しく水平線を眺める。


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日が暮れるとすることもないので、北陸に来たらしようと思っていたことの一つ。
寿司を食べよう。適当に調べた店へ入るとそこは回転寿司屋だった。従業員のおばちゃんが高い声で笑い、席に通される。
腰を下ろすと、ほっと気持ちが安らいだ。
板前のお兄さんに「どちらから来られたんですか?」と聞かれる。
数種のお薦め品が載った皿を頂く。
どのネタも美味しく、混んでいないのでゆっくり味わうことができた。
過去に四国某所で時価の寿司屋にて痛い目を見たが、明朗会計のこの店に来てよかった。

店を出ると裏の神社に子供たちが集まり、祭りの練習をしているようだ。
太鼓と囃子の音が力強く聞こえていた。
すでに群青になった空を見上げると北斗七星が出ていた。しばらくそうしていた。遠くの街に来た実感があってうれしかった。
そのあとは地元民の通う銭湯へ立ち寄った。
一輪車を押していく男性。
薪で沸かす銭湯らしい。地元の人どうしで挨拶をしていた。
湯上りに店の外で支度をしているとおじいさんに「福岡って九州のかい!?気を付けてね!」と言われたのがうれしかった。
久しぶりに日本一周しているときの気分を思い出す一日だ。

ネットカフェは偶々近くにあったアプレシオイオンかほく店。清潔。
平々凡々なツーリングだったが、初日ですでに満足している。
おやすみなさい。

大阪南港→京都市街→R367(鯖街道)→R303→K287→K533→R161→R8→R157→R8→河北潟、道の駅内灘→宿
377km

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# by aroundjapan | 2019-06-01 14:01 | 2019 バイク旅 | Comments(2)  

休みがあれば遠くへ行きたい

いくつかの記録を飛ばして、2019年改元連休の記録を始めます。

食堂にてゴマさばとカレイの定食を食べた後、バイクに荷物をくくった。
13時半ごろ母に見送られながら出発。
強い日差しと不似合いに、強く吹く風は革ジャンの隙間に触れ冷たかった。
田川を過ぎ、平尾台の手前あたりで下に一枚着込む。
新門司港の手前で給油。
すでにカップ麺は買ってあるし、準備は万端だ。

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Mフェリーのバイクの列に並ぶ。車両乗船は出航の一時間前に集合と決まっているのに、ずいぶん待たされた。
乗り込んでみると、この辺りにこんなにライダーがいたのかと思うほどの人数だった。
間違いなく近年のバイク人口が増えたはずだ。
それでも女性はほとんどいないけれど。

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今まで見たことのない、すごい台数

レディースルームの指定エリアにつくと、最悪だった。
声が大きく、はしたなく、いかにもガラの悪い人たちが左半分を大きく陣取っていた。
このような人を見ると自分と同性だと思いたくない。
よほど急いできたのだろうか、すでにコンセントも独占し携帯を充電していた。もちろん、下船時まで当たり前のように独占していた。

早急に風呂に入るべきだ。何はなくとも、風呂に入ろう。
フェリーなんてバイクに乗り始めた頃から慣れているから、車両甲板から部屋に至るまでの経路で今日の船が混んでいるか、空いているか大体わかる。
貴重品を小さいボックスに預け、風呂に行くと出航前にも関わらず既に何組かの親子や年配の女性がいた。
ロッカーや脱衣所にはまだスペースがあったので平和に風呂にはいれるタイミングに間に合ったらしい。

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船内には小さいが無料の貴重品ロッカーがあり、入浴時に世話になる

なんとか、混む前にドライヤーで髪まで乾かし、甲板に出てみた。
4月も終わるので出航直後はまだ日が高い。
反対に関東方面から九州へ走りに来る先輩たちに「福岡は雲のほとんどない晴れですが、この時期にしては寒かったです」と打つ。

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風が強く、体が冷えるので部屋に戻ることにした。
午前中の支度と、体を冷やしながら2時間の運転で少し疲労していたので小一時間眠る。
目が覚めると日が沈む時刻らしかった。
しかし先程まで晴れていた空には雲が広がっており、夕日の沈むところを見届けた者はいないらしかった。
本州のほうは曇りや雨だったとは、後になって知った。

目が覚めたので持参したカップ麺に湯を入れてすする。フェリーでは毎回きつねうどんを食べている。旅が楽しくなるように、ゲン担ぎみたいなものだ。
小さい子供がおじいちゃんにアイスクリームをねだっている。
関西弁と博多弁、北九州弁も(聞き分けられるので)飛び交うのがわかる。
お土産屋を一周し、フェリーに乗るときはいつも大体ソロだからか、共用スペースには常に居場所がない感じがする。
いろんな常識を持った人種がいるのを見なければならないのも苦痛だ。
携帯の電波もいまいちで、することがないので部屋で地図を読んだ。

部屋の通路を挟んで向かいの女たちはなんと母娘らしく、とても品が無くやかましかった。
叱ろうかと思ったがヘンな筋の者だとこちらが被害を被るので無視することにした。
小学生らしき娘は、他人も大勢いる空間で寝そべってテレビを見ながらお菓子を食べていた。
あの母親のもとに生まれなくてよかったと思いながら地図を読み進めた。
2日目の夕方になるであろう長野県までシミュレーションしたところで地図は終わっていた。
ここから先はバイクに戻らねば続きが読めない。
一向にやまない喧騒は消灯を迎えると落ち着いた、だが夜中に待っていたのは、一緒に迷惑を受けていた隣の年配女性だった。
隣の年配女性はこれまでに見たことがないぐらい寝相が悪かった。
何度も体当たりされて目が覚めた。
すぐそばにいるため、そちら向きに寝返りを打つこともできずに腰が痛くなった。
旅の幸先は、今までになく最悪なスタートだった。
周囲に恵まれていないのか、年を取るにつれて不快を感じやすくなっているのか・・。


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# by aroundjapan | 2019-05-26 17:44 | 2019 バイク旅 | Comments(6)  

ルイス・レザーズ ライダースジャケットについて

装備の刷新第〇弾。

オートバイに乗るときは、夏期を除いて約10年ほど前に某売買サイトにて中古で購入したライダースジャケットを愛用している。
雨の日も風の日も、もちろん日本一周時にも着ていたそいつは、この頃随分くたびれていた。
当時1万円もしなかった割には、裏地にファスナーで取外し可能なボアがついていたし、牛本革の素材は丈夫な上に体に馴染んで柔らかくなっていた。
はっきり言って、私にとってものすごく必要十分な存在だ。
脱いだ後のジャケットは、早くまた着て欲しいと語りかけてくるようですら、ある。
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だが可哀想なことに、走行時の飛散防止と思われるファスナーがポケットに付いているが、掴み金具は、その殆どが外れてしまい閉まらなくなっていた。
ナイロンでできた裏地も首の周りなんかは擦れてボロボロになってしまっている。
ポケットの中に物を入れると、底が抜けていてなかなか取り出せなくなる始末。
この数年は新しいライダースジャケットを求めて、皮革製品の豊富な東京・上野などでも物色していたがあまり欲しいものがなかった。

そこで2018年の大型連休に、ロンドン在住の友人を訪ねて遊びに行った。
ロンドンといえば、日本人は様々に連想するものがあるだろう。
エリザベス女王、ロンドン・ブリッジにロンドンバス、ウェストミンスターやサッチャーにチャーチル。
私としてはそんな堅いものとは双璧をなす、パンクといえばヴィヴィアン・ウエストウッド、モッズやロッカーズといった不良少年には欠かせないトライアンフやBSAのオートバイ、音楽やファッションの融合した反政府的文化を無視するわけにはいかなかった。

オートバイという文化が古くから大衆に根付いていたこの街、ロンドンでどうしても行ってみたい場所があった。
日本の一部のライダーにとってライダースジャケットの憧れの頂点にあるのが、ルイス・レザーズだ。
大英博物館から徒歩数分の場所に位置するこのブランドは、ロンドンで100年以上前に始まった。
パイロットや飛行関係者向けの製品から、ライダー人気へ変遷を遂げたそうだ。

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店舗外観

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通りから見たショーウインドウ

店構えも最高に格好いい。
一体何人の同じ精神を持ったライダーやミュージシャンがここを訪れたのだろうか、と思うと興奮を隠せなかった。
なぜ日本人が憧れるのかというと、日本国内で購入しようと思うと東京にある正規代理店が取仕切っているため、一着あたりの定価がかなり高額だからだ。

いざ店舗を訪れてはみたが、英語が話せない私は上手く買い物できるかわからない。
入店するのに勇気が必要だったが、友人が付き添ってくれていたためとても心強かった。
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店内の壁やラックには、所狭しとライダースジャケットが掛かっている。
よく見るとレザーパンツやブーツも置いてあった。
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こちらの壁に掛けられたジャケットはかなり派手だ!
パンクの代名詞セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスや、ザ・クラッシュのジョー・ストラマーもルイスレザーを着用したとか。
そういったバンドマン向けのモデルなのかもしれない。
ブランドの一番人気はライトニングというダブル型だそうだが、私は現在もスマート&スタイリッシュなシングルのスタンドカラーを愛用しているため、店内で同じタイプの目ぼしい商品を手当たり次第に羽織ってみた。
最終的に2着に絞り、店員と話しながらサイズ感を伝えるのだが、英語が話せない私はお手上げ状態。
一人だとどうにか頑張って伝えようと努力するのだろうが、流暢なやり取りができる友人に甘えてしまった。
腹の周りが大きすぎる、とかライディング時に肩が苦しい、腰が出てしまう、とかメンテナンスの仕方、さらにはVAT還付金の払い戻し書類(後述)の手配まで細かいところをすべて通訳してもらった。
結果、納得いく買い物ができた。友人には感謝しかない。

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さらに購入特典(?)としてピンバッジを頂いてしまった。
AJSロゴと非常に迷った挙句、公道バイクレースの聖地・マン島にしか生息しない尻尾のない猫、マンクスキャットにトリスケルが入ったデザインにした。

さて、日本で定価購入すると15万円を軽く超えるルイス・レザーズのライダースジャケット。
いくらで購入したのか、特にルイス・レザーズが欲しい!と思っている方は知りたいことと思う。
ヨーロッパでは一定金額以上の買い物をするとVAT(消費税みたいなもの)の返金を受けることができるのだ。

帰国日、ヒースロウ空港にて真っ先に向かったのは空港のVAT Refundカウンター。
混雑する場合があるそうだが、数組程度しか並ばなかった。
こちらで必要書類の記入とパスポート、免税のレシートみたいなものを提出することで返金手続きができる。
返金は現金もしくはクレジット払いを選択できる。
現金だとその場でユーロ払い、クレジットだと振り込まれるまで数日必要とするがもちろん日本円で振り込まれるため換金率が良い。
ルイス・レザーズは免税書類を用意してくれたためカウンターの男性に手渡すと問題なく手続きされた。
高額商品は他には購入していない。
そこでスタンプを受け、書類を専用ポストに投函して完了。
帰国して2週間後に返金があった。
約2万円の還付だったため、計11.5万円で購入できたことになる。日本ではありえない。
ちなみにこれらの情報は旅行前に随分前から調べておいたことで、いつかロンドンに行く機会があれば絶対に買おうと思っていた。

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VAT Refund counter

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専用ポスト


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なんとも言えない紙袋に包まれていた。友人曰くpotato bag。た、確かに。

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モデル名は気にしていなかったが、帰国して調べた所 SUPER SPORTSMAN No.68のはずだ。


高額商品というか、ハイブランド物というか、貧乏性のため普段着として身に着けるのに抵抗があるがもうそういう年齢なんだと思うことにしている。
収入も人並みにあるし、いつまでも学生様式の生活を送るべきではないだろう。
これから中身とともに成熟していこう。

今回ロンドンに赴くにあたって、なるだけ英国製のファッションに身を包んで挑もうと思っていたのだが、自室を見回しても気に入ったグッズはほぼ全てがアメリカ製のもので溢れていて驚いた。さすが資本主義大国。


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# by aroundjapan | 2019-04-14 21:25 | | Comments(29)