人気ブログランキング | 話題のタグを見る

脱・広大な関東平野

朝起きたら適当に、持っているものを食べた。

脱・広大な関東平野_b0367657_21332255.jpg
9時過ぎに国宝であり重要文化財であり世界遺産でもある、富岡製糸場に到着。
途中の国道254はなかなか昭和の趣があった。
誘導された駐車場からは富岡の古い町並みを少し歩く。
見学は千円で、200円追加するとガイドツアーに参加出来るそうなので有閑の私はそいつに乗ってみた。

富岡製糸場は、明治政府の殖産興業というスローガンのもと官営製糸工場として設立された当時世界最大規模の工場だった。
世界遺産に登録されて日が浅いため、平日にもかかわらず観光客はそこそこいた。
ガイドツアーに若い人は私一人だった。
建物は南側の繰糸所を中心に東西に置繭所が位置している。
ほぼ全ての建物の柱に木材を使用していて、初めて見たが木骨煉瓦造というらしく保存状態も良い。
特に妙義山の杉を調達する際には、樹齢の長いものを必要としたので天狗の祟りがあると恐れられたそうだが、近代化と引き換えに了承されたとか。
反射炉で鉄の製造を始めて十数年だったはずだから、いま簡単に手に入るあらゆる資材が安定的に供給される時代背景ではなかったのだろう。
レンガに関しては横方向に長短と並べるフランス積みをしたらしい。
レンガの積み方にも区別があるとは驚き。
日本には当時レンガそのものが無かったため、埼玉の深谷から呼んできた瓦職人が重宝されたそう。
レンガの焼成も黒→赤→白という具合にカラフルになっているのは、職人の技術が建造に追いついてなかったようだ。

東置繭所の外観から見たが二階は繭乾燥用の通風確保のため開口部になっていた。
ガラスもまだ当時の日本では作る技術が無くて輸入品だそうだ。
煉瓦造は、明治後半にはより強度を確保出来るイギリス積みへと変わっていく。

アーチ造の象徴的なキーストーン。

続いて繰糸所へ案内された。
外観的な特徴として、東西長140メートル余、恐らく換気の為てっぺんは越屋根になっている。
当時は電灯がないから採光の南側配置に、これまた開口部。
明治5年10月4日に創業した富岡製糸場であったが、昭和に入り片倉製糸工業に買い取られ昭和末期まで操業は続いたそうだ。

内部空間を広く取れるようトラス造で柱の少ない構造としたため、工女たちは建物が崩れないか怯えていたそうだ。
現代で建設を学んだらまず初めに学ぶ事になるトラス構造も、当時の日本では(ここ以外)全く見ることが出来なかった筈だから当然かも知れない。


脱・広大な関東平野_b0367657_21333863.jpg
脱・広大な関東平野_b0367657_21334778.jpg
昭和末期に操業を終えた繰糸器械は、同じ型を未だに利用している工場もあるとか?
幼い頃親戚に買ってもらった毛糸を編むおもちゃを思い出した。

脱・広大な関東平野_b0367657_21335628.jpg
「繭はお風呂に入りながらバケットでやってくる。」
お風呂なんて可愛らしい表現をされているが、実際は中の蚕を殺すため熱湯に漬け込んだそうだ。
しかも当時はさなぎごと下水に直送していたらしい。(今は水質汚濁防止法で不可)
養蚕は日本各地の農村でその後生産が活発になるため、日本一周時に各地で目にした。
見た目がアレなので活用して食べるのも嫌だけど、せめて慰霊碑を作ってあげたい。

脱・広大な関東平野_b0367657_21340528.jpg
工場の奥には映像で、稼働当時の様子が流れていた。
雇われた工女は全寮で食事付き、医療費無料の7時間45分労働だったそう。
なかなか条件は良い。
国を挙げて工女を集めるのに如何に力を注いでいたかと言うのは、責任者の娘である横田英が実際に工女に名乗り出たことからも計り知れる。
彼女は本も記していてその筋では著名な女性だそう。
工女は当時まだ、ビタミン不足が原因のかっけや赤痢に悩まされたそうだ。
一等工女の給料について説明があり、当初はかなり貰えていたそうだが、お雇い外国人ポールブリュナの有り得ない高給などが問題になり3年目に解雇され、経営は悪化。
民間企業に引き渡される。
当時の製紙工場の中で富岡は全然マシな方だったようで、明治期に酷使された工女たちの話は「あゝ野麦峠」に詳しい。

外国人の館には、地下室・食料庫・シェルターなどがありこれらの設備は生麦事件に怯えたからだそうだ。

ツアーは全体的に和気藹々とした雰囲気で終わった。

脱・広大な関東平野_b0367657_21341437.jpg
蚕から生糸を実際に“よる”実演をしていた。
館内には生糸生産者から仕入れたお土産品などが販売されており、群馬の山間の町にしては意外なほど賑わっていた。

脱・広大な関東平野_b0367657_21384816.jpg
懐かしいバイク、ホンダのCD125Tが店先に停めてあり、雰囲気が出ていた。
バイクに憧れた時分、いいなぁと思っていたが最近はこのバイクを滅多に見なくなった。

脱・広大な関東平野_b0367657_21391294.jpg
近くにあったのでこんにゃくパークに立ち寄ってみた。
広大な駐車場に2人ほど配置されていたが、仕事していない警備員の横を通過する。
ここにも「つる舞う形〜」を発見。

脱・広大な関東平野_b0367657_21392211.jpg
内部は一階が販売・試食コーナー、二階が工場見学コーナーとなっていて割と長いこと歩かせられる。

こんにゃく芋は、群馬県がダントツの生産量日本一。
展示されているこんにゃく芋の長さに驚愕。実が特にキモイ。

脱・広大な関東平野_b0367657_21393617.jpg
糸こんにゃくを1秒あたり何個も巻く人が居るのかと思って期待しながら見ていると、どうやら機械で巻いたのを詰め込むだけのようだった。

脱・広大な関東平野_b0367657_21394543.jpg
試食コーナーに行ってみたが、無料な事もあり行列。
時間なら余るほどあるので食べてみることにした。
ツアーで来たのだろうか、高齢者ばかり。
無料と言ったら飛びつくのも、何というかそういう様子を見続けるのはウンザリしてしまう。
15種類以上の試食があり、主たる原材料はもちろんこんにゃく。
調味料や料理法でこんなにも味と食感が変貌するのかという驚きがあった。
きつねうどん風、ラーメン風、タコの唐揚げ風が好みだった。


後半へ続く

ランキング参加してます。良かったら1日1回押してください。
にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周(バイク)へ
にほんブログ村

by aroundjapan | 2018-03-06 23:21 | 2017 バイク旅 | Comments(0)  

<< みなかみ、黒い空に凍える 自販機食堂 >>